第235話 聖域
アスカとサリエリが敵陣へと迫る。
もちろんまっすぐに駆けるわけではない。途中に何度もフェイントが入る。急に角度が変わったり互いの位置を入れ替えたりね。
目で追うだけでも大変で、俺だったら間違いなく幻惑されているだろう。
さすがに尻餅をついちゃうような無様はしないとは思うけどね!
けど、青カブトムシも黒カマキリも、金銀クワガタもしっかり対応してるんだわ。
むしろ向こうもかなりフェイントを入れてるくらい。
三十歩くらいの距離を詰める間に、虚々実々の駆け引きが繰り返されている。
なんて機動だよ。まったく。
そして最終的には、アスカと戦うのは青カブトムシと黒カマキリ、サリエリには金クワガタと銀クワガタって構図になった。
どっちも二対一で、さっきと同じ対戦相手である。
なんのためにフェイントを入れてんだよって問いたくなるけど、たぶんこの状況を作るために駆け引きが繰り返されたんだろうね。
三対一と一対一、あるいは四対二になった可能性もあるなかで、この布陣が選択されたわけだ。
どっちの思惑通りだったのかまでは俺には判らない。
というのも、個人レベルでの戦闘判断は一人一人に委ねるしかないからである。
本当に最初のころは、どんな魔法を使うのがいいか、どこにポジショニングして戦うのがいいか、俺が指示を出していたんだけどねー。
いまはもう娘たちのスピードの方がぜんぜん速い。あの魔法を使えだの、どこを守れだの、いちいち指示を出していたんじゃ追いつかないんだ。
大枠の方針を伝え、戦況を見極めながら変更があった場合のみ指示を出す感じ。
簡単そうだと思った人、代わってやるから『希望』に入団してくれ。
そして俺はクランハウスで事務仕事に専念するんだー。
「おりゃあ! まとめてやっつけてやるー!」
元気一杯のアスカが斬りかかる。
受けるのは青カブトムシだ。
たしかに言われてみれば、ジョシュアっぽい動きではあるんだよね。
アスカの烈剣を流すのではなく、がっちり受け止め、それどころかすぐに反撃に転じる。
右手の長い爪で、と思いきや、下段の回し蹴りがきた。
このへんもジョシュアっぽい。
「なんとぉ!」
ジャンプ一番、アスカは空中に回避する。
しかしそんなことをしたら、次の行動が制限されてしまう。
見逃してくれるような生やさしい相手ではなく、すかさず黒カマキリが襲いかかった。
左右の鎌が時差をつけて迫る。
「ニコル兄ならそうすると思ったよ!」
にやりと笑ったアスカ。
なんと空中で一転して黒カマキリの頭に手を付き、腕のバネでもう一度跳び、距離を取った場所に着地する。
唖然として動きを止めてしまった青カブトムシと黒カマキリに、ちゃきっと七宝聖剣を向け、
「さあ兄ちゃんたち! 第二ラウンドだよ!」
高らかにアスカが言い放った。
サリエリと金銀クワガタの戦闘は軽業師のような派手さはない。
しかし、危険さにおいておさおさ劣るようなものではなかった。
金クワガタの剛剣は俺が受けたら腕ごと持っていかれてしまいそうな勢いだし、銀クワガタの鋭刃は受けることすら許さずに俺を切り裂くだろう。
なんなんだこのバケモノどもは。
「あたったらぁ、しんじゃうのぅ」
のへのへと小馬鹿にしたように声を出しながら回避し続けるサリエリのバケモノ度合いもひどいんだけどな。
たぶん、精霊魔法をミックスさせて戦ってるんだろうな。
直撃するはずの軌道がわずかに逸れたり、ほんの一瞬だけおくれたりしている。
その隙ともいえない隙に踏み込み、炎剣エフリートが振るわれるのだ。
とくに自慢することなく使ってるけど、炎の上位精霊が宿っている剣なんだってさ。
神族や悪魔すらにすらふっつーにダメージ与えてるんだよな。あれ。
狙われた金クワガタも、さすがにこれをまともに受けるつもりはないらしく、鍔迫り合いには移行せずに後退する。
そして相手が一歩下がれば二歩前進するのがスリーピーアイズだ。
のへーと眠そうな笑みを顔に貼り付けたまま、淡々と追いつめにかかる。
まったく締まりのない顔と、カミソリみたいに鋭い斬撃。
ギャップがすごすぎて、頭が誤作動してしまいそうだよ。
それを受け、さばくんだから金クワガタもたいがい頭おかしいけど、二、三合で趨勢があきらかになってきた。
でも、あと一撃で崩せるってタイミングで、銀クワガタが斬り込んでくる。
「ああん~、惜しかったあ」
攻め続けるか退くか、その判断を一瞬でおこなってサリエリが跳びさがった。
金クワガタを倒した瞬間にサリエリが銀クワガタに斬られてしまう。そういうタイミングだったのである。
やばいな。
千日手になってきた。
あの四匹をなんとかしないと敵陣に切り込めない。
このまま時間が経過すれば、ミリアリアの必死の頑張りも無意味になってしまう。
「……俺が行くしかないか」
軽く思い定めれば、敵陣の右翼でメグが隠形を解くのが見えた。
同じことを考えたな。あいつも。
ここは無理をしなくてはいけない場面で、動ける駒は俺とメグしかいないのである。
本陣のメイシャは動けないし、それを守っているユウギリもそばを離れることはできないのだから。
そもそも、弓士やプリーストが前線に出るなんて、絶対にダメだけどね。
俺はさっと指を三本立てる。
三拍おいて突入するぞって意味で、察したメグが頷いてくれた。
それぞれ右手に得物を構える。
月光と無銘のマジックダガーだ。
軽く前傾姿勢になり、まさに走り出そうとしたそのとき。
「いまからここは
高らかに言って、メイシャが錫杖を掲げた。
このタイミングで?
なんでホーリーフィールド?
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