第246話 真相


「ジョシュア!? ニコル!? それにライノスとナザルまで!」


 思わず声を上げてしまう。

 なんとなんと、昆虫人間たちの姿が変わったのである。

 知った顔へと。


「どういうことだ……?」


 呆然と棒立ちになっる。

 俺だけでなく、ほぼ全員が。


 コントロールを失ったミリアリアと、敵の……『葬儀屋』がいるんだからアンナコニーかな? の魔法がふらふらと壁や天井に当たって消滅する。


 いやあ、人間の方に降ってこなくて良かったよ。

 この状況じゃ誰も回避なんてできないんじゃないかな。


「うまくいったようで良かったですわ。さすがマリクレール師ですわ」


 むふー、と会心の笑みを浮かべるメイシャ。

 最初からタイミングを狙っていたってことかい。


「説明してくれるんだろうな?」

「もちろんですわ。ですがその前に」


 すっと指をさす。

 壁と壁の隙間に、こそこそ隠れるように逃げていく影を。


「アスカ!」

「ニコル!」


 俺とナザルの声がかぶり、飛燕の身のこなしで飛び出した二人が無言のまま縦横に剣を振るう。


 だが惜しい。

 影を捉えることはできなかったようだ。


 なにやら黒い粒子をまき散らしながら消えてしまう。

 倒したような感じではない。


「逃げられたようですわね。残念ですわ」


 画竜点睛を欠いてしまった、と、メイシャが頭を振った。





 悪魔ダンタリオン。

 それが今回の一件の黒幕だ。

 悪魔にとって邪魔な人間同士を争わせて共倒れを狙った、ということらしい。


「ネルたちはともかくとして、なんで俺らまで強敵認定されてんだよ」


 腕を組んで憤慨するのはライノス。

 金クワガタのモンスターに見えていたのはこいつだ。逆に俺は派手派手の極楽鳥みたいな感じだったんだってさ。


 ていうか、ともかくっていうな。ともかくって。

 何体もの悪魔を倒してる俺たちと良い勝負をしてる時点で、強敵に決まってるだろうが。


「やっぱりジョシュア兄とニコル兄だったね! わたしすぐ判ったよ!!」

「判ったなら手加減してくれよ、アスカ。五回くらいもうダメかなって思ったんだぜ。こっちは」

「勝った! わたしは二回くらいやばいって思った!」


 事情の説明を受けながら、ジョシュアとアスカが和気藹々している。

 まあ受けてるだけでまったく聞いてないだろうけどね。こいつらは。


 サリエリはニコルと、メグはドーゴンと、それぞれ話に花を咲かせてるよ。

 なんつーか、難しい話は俺とミリアリアとユウギリで引き受けろって空気がびしばしと伝わってくるわ。


「わたくしに天啓が降りたのは、このフロアに降りてからですわ」

「私はあなたたちと接敵したときです」


 メイシャとマリクレールの会話である。

 悪魔ダンタリオンは幻覚を見せるという能力を持っているらしい。それによって俺たちはナザルたちをモンスターだと思っていたし、反対に彼らには俺たちがモンスターに見えていた。


 そしてものすごい強敵だった。まあ、『固ゆで野郎』と『葬儀屋』を相手にしてるんだから当然だよね。

 よく犠牲が出なかったもんだよ。どっちもね。


 至高神としても、こんなことで愛し子たちを失いたくなかったから、メッセージを送ったわけだ。

「同時に我が領域を展開せよ」ってね。


 意味が判らないよね。

 同時っていわれても、誰と同時にやれば良いんだって話だよ。

 判らないままメイシャもマリクレールも判断を保留していた。


 実際問題、至高神から送られるメッセージにはそういう意味不明なもけっこう含まれるらしい。

 あとになってから、あれはそういうことだったのかってわかるような。


 なかなか融通の利かないことだけど、本来そんなもんだよな。神様から意味のあるメッセージを受け取るなんてこと、俺たちはそう滅多に起きないし。

 教会で天賦を教えられるときくらいかね。


 判断を保留していた二人だけど、仲間たちの会話である可能性に思い当たった。

 ホーリーフィールドを同時に使うもうひとりってのは、もしかして相手側にいるんじゃないかってね。


 相手は『固ゆで野郎』なんじゃないか。相手は『希望』なんじゃないか。そんなふうに考えたメイシャとマリクレールだけど、それを仲間に伝えることはできなかった。


 なぜなら、余計な情報は剣を鈍らせるから。

 モンスターだと思っている敵がじつは人間で、しかも知己だと知ったら普通は戦いにくいと感じる。


 だけど、『固ゆで野郎』にしても『葬儀屋』にしても、手加減して勝てるような相手じゃない。

 向こうにしてみれば『希望』と戦うときに手加減できるかって話ね。

 手加減しなきゃ……なんて考えた瞬間に、首と胴がお別れしちゃう相手だよ。


 だから、誰にも言わないでぶっつけ本番、一回で確実に決める必要があった。


「マリクレール師が敵にいて、しかもわたくしと同じことを考えている、という可能性に賭けましたわ」

「私も同じですよ。メイシャならこのタイミングで聖域を展開する、というタイミングを狙ったのです」


 笑いあう聖女二人。

 あんたたち、それタイミングがちゃんと合う確率ってどのくらいあったのよ?


 でも、それしかなかったんだよな。

 悪魔の能力で姿形だけじゃなくて、言葉すらなんだか意味不明の鳴き声に聞こえていたしね。


 仮定の上に仮定を重ねて、さらに希望的観測まで上乗せしちゃった作戦を実行して、しかも成功させちゃう胆力って、ちょっと特筆に値するよな。


 この聖女さまたちは。


 

 

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