外伝 お母ちゃんの横顔
ケース①
証言者:冒険者ギルト職員A子さん(仮名)
私がギルドに務め始めたばかりのころに知り合いました。
当時『金糸蝶』は中堅どころのクランだったんですけど、成長株って印象でしたね。
率いるルークさんと補佐するライオネルさんのコンビは、そりゃもうギルドでも注目されていましたよ。
あと、どっちも格好いいですからね。モテモテでした。
ルークさんって最後はああなっちゃいましたけど、背も高いですし顔立ちもキリリとしてる偉丈夫ですからねぇ。
気風も良くて、細かいことを気にしないおおらかな人でしたから。
それを、気配り上手のライオネルさんが支えているって感じでした。
こんなことがあったんですよ。
冒険者に成り立てで、まだどこのクランにも所属していない子が、ベテランたちに小突き回されていたんですね。
ギルド内で。
いまじゃちょっと信じられない話ですけど、当時はそういうことも珍しくありませんでした。
冒険者って荒くれ者が多いですから。
もちろん、さすがに刃傷沙汰になることはありません。
ギルド内で剣なんか抜いたらどうなるか、それこそ荒くれ者だって判ります。ただその分、小突いたりとか、数人で囲んでつるし上げたりとか、ぎりぎりルール違反じゃないラインを突いてくるんですよねえ。
ギルドとしては軽い注意はできても罰則を科すことはできません。
新人だった私も、どうしたら良いのかオロオロするばかりだったんです。
そこに颯爽と登場したのがルークさんとライオネルさんでした。
もう、あっという間でしたね。
ルークさんが四人、ライオネルさんが一人。コテンパンっていうか、ほぼパンチ一発でのしてしまいました。
グレーゾーンを飛び越して、一気に反則行為です。
すぐにギルド職員が動いたんですけど、そこにライオネルさんが立ちはだかりました。
「この少年は『金糸蝶』の団員である。他クランへの侮蔑の禁止はギルド規則によって固く戒めるところだ。彼奴ら行為は『金糸蝶』への侮辱と判断し、正当な報復をおこなった。何ぞ問題ありや?」
きっぱりと言い放ちます。
もし本当に少年が『金糸蝶』の一員なら、ライオネルさんの主張はまさに大正解なのですが。
面食らう私たちに、ルークさんは少年と肩を組んでみせました。
まるで数年来の親友のように。
仲間だよ、というアピールです。
「……子供一人助けるためにスカウトまでしちゃうなんて……」
「逆だよ。俺たちは、ああいう子供たちを助けたくて『金糸蝶』を立ち上げたんだ」
私のつぶやきに、ライオネルさんが応えました。
その声が思った以上に近くて、驚いて振り仰ぐとなんだかはにかんだように笑っていました。
「俺もルークも孤児だったからな。あの子みたいな扱いをされるのはしょっちゅうだったさ。だから、こんなことは俺たちの代で終わらせようって誓い合ったんだ」
「ステキだと思います。ライオネルさん」
「他の人には言わないでくれよ。照れくさいから」
「口止め料は、エクラタンのケーキセットで」
「足元みてくるなぁ」
「新進気鋭の『金糸蝶』の副長ですからね。たかれるときにたからないと」
「やばい。新人なのに、すでに鬼の片鱗が出てる」
冗談を飛ばし合います。
視界の片隅に、気絶した仲間を担ぎ上げ、ほうほうの体で逃げていく冒険者が映っていました。
「この喧嘩は『金糸蝶』が買うからな!」
と、息巻いているルークさんも。
そんなことが何回か繰り返され、ギルド内で子供に絡むような不心得者はほとんどいなくなりました。
なにかに描かれるようなことはないですけれど、これもまたライオネルさんたちの功績かもしれませんね。
ケース②
証言者:政府関係者B子さん
ええ。もちろんライオネル氏は国王陛下のお気に入りですよ。
なにしろ名前を認識したのが、カイトス将軍に紹介されたときですから。陛下の中では名将カイトスの秘蔵っ子として刻みつけられたわけです。
そしてその直後に一千の兵で三千に完勝し、決戦となったアスピム平原会戦では誰も見たことのないような軍略を献策して勝利の立役者となりました。
正直にいって、あのインパクトは私も忘れられません。
王国軍のゴザック将軍といえば、カイトス将軍と並び称される勇将です。正直、勝てるのかどうか不安でした。
マスル王国からの来援があると聞かされても。
ですが、見事にあの人は勝利の方程式にしてしまったんですよ。
そもそも、王国軍が三千の兵力で押し出して、でもこっちには前哨戦にぶつけるような余力はなくて、カイトス将軍が率いる本隊で迎え撃つしかないって状況だったんです。
それを、冒険者や傭兵……はっきり言ってしまうと寄せ集めの雑兵以下のたった千人で撃退できるなんて想像できます?
しかも味方に犠牲者を一人も出さないで。
でも、マグレだとか言っている人はまだいました。
ジュレミー政務官あたりがその急先鋒でしたね。
そうですそうです。建国後、舌禍事件を起こして左遷されてしまった、あのジュレミーです。
「種を明かせばただの小細工ではないか。町衆や娼婦に化けてだまし討ちなど、冒険者風情が考えそうな作戦だ」
などとガイリア城のサロンでほざきまくっていました。
何人かは彼に同調したんですよね。いまから思えば度しがたいことに。
「なるほど。貴殿なら小細工なしで王国軍に勝てるというわけだな。ならば次の作戦では貴殿に指揮を執らせるよう将軍に進言しよう」
それに冷や水を浴びせたのはキリル参謀です。
我がガイリアにおいて、ライオネル氏と並び称される知略の持ち主ですね。薬品の知識も豊富で、肌に良い化粧水などを調合して女性たちからの人気も高い御仁です。
「ぐ……」
「できぬだろう? ならばあまり他人の功績を妬むような発言はせぬことだ。貴殿の品格を下げてしまう」
「キリルどのは人格者だな。冒険者風情に功績を横取りされたも笑っておられる」
人格者という言葉に悪意を感じない人は、たぶんサロンには一人もいなかったと思います。
しかしキリル参謀は肩をすくめて応えました。
「悔しいさ、決まっている。私にはあんな作戦は思いつかない。同じ軍師の天賦を持つ者として何が足りないのかと自問する日々だよ」
ぽんとジュレミーの肩を叩きます。
「優れた味方をあまり追いつめると、それは優れた敵への変貌するものだぞ。ジュレミーどの。それでも勝算があると思うならやるがよろしかろう」
「…………」
参謀の言葉に黙り込んでしまいましたね。
私もなるほどと思いました。
軍師というのは、こういう考え方をするのものなのだと。
ひとつの戦いが終わったら、すぐにその手にはどう対応すれば良いのか考え始めている。
それ以来、私もライオネル氏の軍略に注目するようになりました。
取材を終えると、すっかり暗くなってしまっていた。
今日話を聞いたふたりとも、そりゃもう喋る喋る。
軍神ライオネルにまつわるエピソードを教えて欲しいという漠然としたリクエストだったのに、こちらが引くくらいのボリュームだった。
メモを取り続けた手が痛い。
「良い本になりそうだな」
ふうと息を吐いて呟く。
本当に逸話の多い人物だし、周りに集っている綺羅星のような人材たちもすごい。
「あ! モゼットさんじゃん!」
「こんばんは。いい夜ですね」
「またパーティーはないんですの?」
ポケットに手を突っ込んで歩いていると、きゃいきゃいと騒ぎながら前から歩いてきた三人組が声をかけてくれる。
この態度からはちょっと信じられないだろうけど、生きながらにして伝説的な英雄なのである。彼女たちは。
「アスカちゃん、ミリアリアちゃん、メイシャちゃん。ちょうど良かった、君たちからも話を聞かせてくれないか?」
そういって、私は軽く手を挙げた。
我がガイリア新聞が社運を賭けて出版する伝記『軍神の
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