第16章

第226話 ラクリス奪還作戦(1)


 するするとモンスターたちが退いていく。

 釣られて突進しようとするアスカを、俺は鋭く制止した。

 ステイ! と。


「でも母ちゃん! このままじゃ埒があかないよ!」


 踏みとどまりつつもぶーぶーと文句を言う。

 気持ちは判るけどな。




 ガイリアシティから一番近いところにあるダンジョン『ラクリスの迷宮』。俺たち冒険者にとっても大変なじみ深いここが突如として占拠されてしまったのは、一ヶ月くらい前のことだ。

 グリンウッド王国がスペンシルに攻め込んだ『北部事変』の真っ最中である。


 見たこともないようなモンスター軍団が地下から現れ、あっという間に第十層以下が支配された。


 そのとき潜っていた冒険者たちに犠牲が出なかったのは僥倖ではあるが、ダンジョンが封鎖されてしまうのは非常にまずい。

 冒険者ギルドにとっては死活問題だといっても良いだろう。


 ダンジョンや遺跡から回収されるトレジャーこそが冒険者ギルドの存在意義だからだ。護衛とか薬草採取とかしかやらないならそこらへんの便利屋と変わらないし、モンスター討伐だけなら傭兵で充分。


 冒険者アドベンチャラーなんて自称するからには、やっぱり冒険しないとね。


 で、ダンジョンに潜って素晴らしい宝物を持ち帰るってことこそが、俺たち冒険者の生き様なわけですよ。

 正しい生き方なわけですよ。


 戦争だの謀略だの、国の大事に関わりまくってる『希望』がおかしいだけなの!


 ともあれ、ラクリス迷宮が占拠されたままってのはギルドの存在意義にも沽券にも関わる問題である。

 解放するために戦いを挑んだ。


 何度も何度も。

 そしてことごとく失敗する。

 惨敗ってやつだ。


 戦死者が出てないのは、無理をせず勝てないと判ったらさっさと引き揚げるという冒険者の戦い方が徹底されているから。

 最後の一兵になっても、なんていう軍隊みたいな連中だったら、死者は十人二十人ではきかなかっただろう。


「とにかく下がれ。深追いするな」

「ストレス溜まるううっ!」


 がるるる、と、猛獣みたいな威嚇をしながらも、しぶしぶ後退するアスカ。

 場所が悪いんだよ。


 後退したモンスターたちが橋頭堡にしたのは十階層のホールで、そこそこ広さはあるんだけど大兵力を展開できるほどじゃない。

 けっこう前にキマイラと戦ったあそこだ。


 このホールとを確保しないと下の階層には降りられない。反対に、モンスターたちにとっても、ここを陥されるのは絶対に避けたいところだろう。


「判らないのは、どうしてモンスターたちが母さんと同レベルで戦術判断をしているのかって部分ですね」


 とんがり帽子が乗った頭を、こてんと傾けるミリアリアだった。





 モンスターどもの形状は、広くいえば人型ヒューマノイドに属するだろう。昆虫人間インセクターっぽく見えないこともないんだけど、雰囲気が全然違う。

 もっとずっと戦いに特化してるっていうのかな。


 甲虫っぽい鎧兜をまとった人間、というのが印象として正しいのかもしれない。

 まあ、人間には背中に羽根もないし、あんなソードみたいなかぎ爪もないわけだから、人間でないことはたしかなんだけどね。


 そも謎のモンスターたちによって占拠されてしまっていた十階層を、俺たちは半日ほどで奪還した。

 ただ一ヶ所、下層へ通じる階段のあるホールを除いて。


「母さんの戦術はいつもどおり完璧でした。そりゃもう見事としかいいようがないです」

「褒めてもなんにも出ないぞ」


「でも問題はそこじゃないんですよね」

「スルーですか。そうですか」


「私たちの侵攻に対して、モンスターは簡単に退いていきます。並のことじゃありませんよ」

「そこに気づくようになったミリアリアの成長も、並々のことじゃないけどな」


 きゃいきゃいと騒ぎながら、俺たちも扉の外側まで後退する。


 切迫した防衛戦のなにがしんどいかっていえば、基本的にゼロでは守れないって部分である。

 人的な損耗がなかったとしても、物的な損害は出る。


 今回のように、確保した占領地を放棄しないといけないってのもそうだ。

 普通はもったいないって思う。せっかく奪ったのにって思うさ。そしてその思いが強ければ強いほど、手放すタイミングを失ってしまう。


 なのに敵はほぼベストなタイミングで放棄している。

 一回くらいなら偶然って可能性もあるだろうが、俺たちが奪還した十階層の拠点(小部屋)すべてが同じ状況だった。

 それをたまたまと片付けるのは、さすがに頭がパラダイスすぎるだろう。


 敵にはちゃんと戦略構想があって、区々たる戦術的な勝利にはこだわっていない。

 犠牲が出れば出るほど、とれる作戦の幅は狭くなっていくというのを知っているってことだ。


 正直にいって強敵である。


「つまりぃ、あの虫モンスターたちのなかにもぉ、ネルネルみたいな軍師がいるってことだねぃ」

「虫に軍師スか?」


 のへのへ言ったサリエリに、メグがうろんげな顔をした。


 虫っていうか、モンスターはあんまり戦略的に動かない。

 基本的には個人戦の世界だし、大集団を形成するゴブリンみたいなのもいるにはいるけど、作戦行動っていうにはお粗末なモノばっかりだ。


 なんていうのかな、猿の集団だって他の群れと戦うときには投げつけるための石を集めておくってのと同レベル。

 これを作戦と呼ぶのはちょっと無理があるよね。


「判んないことだらけだな。メイシャ、なんか天啓とかおりてきてないか?」

「そんなに都合の良いものじゃありませんわ」


 肩をすくめて問いかけけば、メイシャがニコッと笑った。

 この笑顔が出るってことは、また空腹状態燃料切れではないな。

 

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