コミックス第1巻発売&重版記念
草原の退却戦 異聞
カイトス将軍の使いを名乗る人物がガイリアの冒険者ギルドに駆け込んできたのは、午後も遅くになってからだった。
その使者によると、権勢を誇っていたカイトス将軍が反乱を疑われ、王都からガイリアに逃れてくるという。
それだけなら、お好きにどうぞというところなのだが、カイトス将軍の一行には
ことは政治や軍事の範囲から、冒険者が絡んだ問題になるのだ。
もしカイトス将軍が敗れ、王国軍がガイリアシティに乗り込んできたら、冒険者たちも共犯扱いされるかもしれない。
カイトス将軍に希望が味方していたから、という理由で。
ただの言いがかりだが、王都の連中ならそのくらいのことはするだろう。
物資輸送の期限に遅れた『金糸蝶』が多額の賠償金を背負わされて没落したのも記憶に新しい。
「ギルドとして援軍を出すべきです」
「援軍ならばドロス伯爵が出すのではないか?」
組合長が、ジェニファの言葉に首をかしげる。
将軍の使者からの緊急依頼を受け、それを登録冒険者たちに流すかどうかの会議だ。
ここで冒険者の任にあらずという結論になれば、使者どのにはお引き取り願うことになる。
何でも屋のように思われる冒険者だが、当たり前のようにできることとできないことがあるのだ。
具体的にいうと、あたりまえにあいつを殺してくれとか、どこそこの家に盗みに入ってくれとか、どこそこの店の悪評を流してくれとか、そういう仕事は受けられない、という話である。
普段なら会議など開かず、受付職員の判断に一任されているが、ものがものだけに高度に政治的な判断が必要だ。
「軍が動くには時間がかかります」
「それはそうだが……」
カイトス将軍の使者は、ギルドだけでなく間違いなくドロス伯爵の元にも走っているだろう。
伯爵にとっては、王国の重鎮であるカイトス将軍を抱き込むまたとない機会だし、それ以上に王国軍にガイリアシティが蹂躙されるのを肯んじるわけがない。援軍は必ず出る。
将軍を追いかけている部隊など軽く蹴散らせる程度の数だ。
ただ、ジェニファの言うとおり軍の動きというのは鈍重だから、今日援軍要請を受けて今日進発するというわけにはいかない。
それでは間に合わないのである。
「……天啓かね?」
「はい」
聖者の天賦を持っている異色の職員だ。
彼女が必要というからには、本当に必要なのだろう。
ギルド長は腕を組み深沈と考え込んだが長時間ではなかった。
「判った。君に任せる。受注する冒険者を募ってみてくれ」
緊急依頼は掲示板に張り出さず、口頭で参加者を募るのが普通だ。
受けさせたいと考えたクランに職員が直接声をかけるパターンも少なくない。
ジェニファがとった手段は、ホールにたむろする冒険者たちに呼びかけるというものだった。
現在の状況と『希望』の危機を。
しかし最初、冒険者たちの腰は重かった。
仕方がないことではある。
この依頼に参加するということは、王国正規軍と事を構えるという意味だ。勝っても負けても反乱軍の烙印を捺される。
普段どれほど無頼を気取っていても、やはり国家権力が相手となると尻込みしてしまうのだろう。
ジェニファは不敵な笑みを浮かべた。
「ガイリアギルドの冒険者たち! 貴様らの矜持はその程度か! でかい相手にびびって冒険者仲間を見捨てるのか!」
ホールに響き渡る激語。
水を打ったようにホールが静まりかえる。
「どうせなにもできないと舐められてるぞ! それでいいのか!」
「よくねえな。全然よくねえ」
声を上げたのはナザルという黒髪の剣士。
クラン『
にっこりとジェニファが笑った。
「相手が王国軍だろうとなんだろうと、この商売、舐められたらおしまいですよね。ナザルさん」
「ああ。まったくだな。ジェニファ」
歌うように二人が言葉を紡ぐ。
居合わせた冒険者たちが、どんどんと床を踏みならし始めた。
「舐めきった王国軍の舌を引っこ抜いてやりましょう!」
「盾を打ち鳴らせ! 剣を研ぎ澄ませ!」
『盾を打ち鳴らせ!! 剣を研ぎ澄ませ!!』
ナザルの言葉に荒くれ者どもが唱和する。
そして、一拍の沈黙。
「戦争だ」
ひるがえって、静かな声で告げた。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁ!!』
割れんばかりの喊声が響き渡る。
援軍として向かうのは『葬儀屋』の三十二名。
数こそは多くないが、この際は統制が取れていることのほうが大事である。同行を申し出た他のクランの冒険者たちを、ナザルはやんわりと断った。
「ゆーて、たった三十二人でなにができるって話だけどね。大将」
皮肉を飛ばして笑うのはミーア。
中堅メンバーで、人間至上主義のリントライト王国では珍しいキャットピープルだ。
魔族の国であるマスルではなく、なんでこんな居心地の悪い国に居座っているのか、彼女自身が語っていないので誰も知らない。
ともあれ、カイトス将軍を追走している部隊が十人二十人ってはずはない。少なく見積もっても百はいるだろう。
三十人ぽっちで相手ができるわけがないのだ。
「ライオネルならなんとかするだろ。俺らは現着したらあいつの采配に従うだけだ」
「丸投げかい! 大将のネル推しっぷりは、いつもながら変態性を感じるね」
ひどいことを言うミーアであった。
ただまあ、ナザル自身がライオネルファンを公言しており、金糸蝶が傾いて行き場を失いかけていた団員たちを積極的にスカウトしたのも事実である。
もっとも、ニコルやジョシュア、アンナコニーなどの幹部団員を引き抜いてしまったせいで金糸蝶の落日が早まったという側面もあるが。
「ネル推しならおめーだって同じだろ。ミーア」
げらげらと笑うのはドーゴン。同じく中堅メンバーの一人だ。
怪しげな占星術みたいなものを扱うミーナが、どういうわけかライオネルと戦術論を闘わせているのを、彼は幾度も目にしている。
占いと戦術なんて、それこそガイリアとガラングランくらい遠いだろうに。
「あんたはメグ推しだもんね」
ミーアが半眼を向けた。
なにしろメグは盗賊技能は高いものの、対モンスターの立ち回りに不慣れすぎるから。
普通は自分の技術は秘匿するものなのだが、放っておけないのだ。
推しっていわれても反論できない。
「うっせ」
だからドーゴンはしかめっ面を見せるにとどまった。
なんにしても、『葬儀屋』のメンバー自体が『希望』の面々を気に入っているのである。
少なくとも、王国軍なんかに殺させてやるものか、と思う程度には。
「くっちゃべってねえでキリキリ歩け。明日の昼には合流したいんだからな」
ナザルの飛ばした激励? に、うえーいと気のない返事が返ってくる。
なにしろ、夜を徹して歩いた上に戦線参加というとんでもない行動計画なのだ。
気分は上々とは、なかなかならないだろう。
しかし、誰一人として脱落しない。
死出の旅かもしれないのに。
このあたりが、腕は良いが変わり者ばかりだと評される『葬儀屋』たる所以だ。
掲げられた団旗。
死神の鎌が踊っている。
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