閑話 そしていつもの


 グリンウッド王国は実質的に滅亡した。

 邪神ガタノトーアが大暴れしたことにより王城は半壊し、中にいた人間は王族も大臣も兵士も、残らず死んでしまったからである。

 

 ルナリウスと血縁のある地方貴族が登極するとしても、国の立て直しには数十年の歳月が必要になるだろう。

 しかし政治的な空白を作るわけにはいかない。

 

 リントライト王国が滅亡したあと、無政府状態になったガラングラン周辺がどうなったか、多くの人の記憶にも新しい事柄だ。

 

 結局、インゴルスタ王国とスペンシル侯爵領で分割統治するしか方法が無かったのである。

 

 そこで問題になるのが、スペンシル侯爵領があくまでもいち貴族領を自称しているという点だ。

 勝手に領土を広げるのはいかにも体裁が悪いため、ついに頑固者のスペンシル侯爵も諦めて玉座につき、スペンシル王国と称するに至る。

 

「お母さんと関わったばかりに、王になってしまった」

「それ俺のせいですか?」

「お母さんは責任を取って儂に仕えるべきだ」

「意味の判らん責任を押しつけんでください」

 

 という会話があったというが、王宮の公式記録には何も記載されていない。

 ただ、ライオネルをはじめとした『希望』の面々には、スペンシル王国からも名誉騎士の称号が贈られた。

 

 北部事変と呼ばれることとなった一連の出来事で、『希望』は二ヶ国から騎士叙勲されたわけで、どれほどの活躍をしたのかと民衆に騒がれ、吟遊詩人たちに歌の題材を提供したのである。

 

「ジークフリート号、発進」

 

 車長席に座ったライオネルの声が響き、フロートトレインがふわりと浮き上がる。

 スペンシル・インゴルスタ両国から下賜された金貨や財宝を満載して。

 

 別れを惜しんで駆け付けてくれた人々に、アスカ、メイシャ、サリエリ、ユウギリが窓から手を降った。

 操縦桿を握っているのはミリアリアで、観測手を務めているのはメグ。

 

 そして往路同様、メアリー夫人とその使用人たちが客として乗り込んでいる。

 静かに滑り出す車体。

 

 別れの汽笛を鳴らしながら。




「ずいぶんと長い休暇になったわね。ライオネル」

 

 座席でくつろぐのに飽きたのか、メアリー夫人が操縦席にやってきた。

 スペンシルを発って二日。

 ガイリアへの旅は順調である。

 

「長かったわりに、まったく休んだ気はしませんけどね」

 

 ライオネルが苦笑で応える。

 戦乱に巻き込まれ、謀略を暴き、最後は悪魔を討伐した。

 休む余地はまったくなかったのである。

 

「良いじゃない。『希望』の伝説にまたひとつ説話が加わったのよ」

 

 楽しげに笑うメアリー夫人。

 ふと心づいてライオネルが訊ねた。

 

「そういえば『希望』ってクラン名は夫人がつけたのだと、アスカたちからききました」

「そうなのよ。そんなありきたりな名前って最初は渋っていたのだけれどね」

 

 期待の新人という意味もあるのだと教えたら、三人娘は簡単に飛びついたという。

 そのシーンが目に浮かぶようで、思わず笑ってしまうライオネルである。

 

「さあ、今日も冒険の話を聞かせて頂戴」

「俺より、アスカたちの方が面白おかしく話すと思いますけどね」

 

「ダメよ。あの子たちは盛りすぎてかえってつまらないわ。ライオネルかユウギリくらいの話がちょうど良いの」

 

 だがユウギリは大陸公用語がまだあまり達者でないため、話していてつらそうにすることがある。

 だからライオネルから話を聞くのだと。

 

「まあ、いいですけどね」

 

 消去法の結果として語り部に選ばれているリーダーが軽く肩をすくめた。

 

「どこまで話しましたっけ」

「ニーニャは、そのあとどうなったのかしら?」

 

「ピリム女王の侍女として取り立てられたらしいですよ。忠烈リリエンと鯔背いなせニーニャ、なんて並び称されているとか」

「まあ頼もしい」

 

 ライオネルの話に、楽しそうに相づちを打つ。

 流れゆく景色と心躍る物語。

 旅の友として、これ以上のものはないだろう。

 

 メイシャであれば「弁当も必要ですわ」などと言いそうであるが。





「帰ってきたー!」

 

 懐かしきガイリアシティの街壁を視界にとらえ、アスカがはしゃぎ始めた。

 

「まだだ。クランハウスに到着するまでが遠征だからな」

 

 ライオネルがたしなめるが、彼女以外のメンバーもどことなく浮き足だっている。

 ジークフリート号での移動は快適ではあるが、やはり自室のベッドには敵わないのだ。

 じつはライオネルも例外ではない。

 立場上たしなめているだけで、はやく旅装を解きたいと思っているのである。

 

「あれ? 壁の外に人が出てきましたよ。母さん」

 

 ミリアリアが首をかしげた。

 ガイリアの方でもジークフリート号の接近に気がついたのだろう。

 

 街門からわらわらと人が出てきている。

 距離的に人相まではっきりとは判らないが、冒険者ギルド関係の人々が多いようだ。

 

「きっとお出迎えですわね」

「そんな殊勝な連中か?」

 

 メイシャの言葉に、ないないとライオネルが手を振る。

 べつにいがみ合っているわけではないし、一緒に酒を飲んだりする程度に仲良くしているが、だからといって街壁の外まで迎えに出るほど親しいわけではない。

 

「戦から戻ってきたとき、好きな女が街の外で待っていた、なーんてのはたぶん物語の中だけだしな」

「ていうかぁ二十人以上いるしぃ、おじさんもいるよぉ。ネルネルはモテモテだねぃ」

 

 ひどいことを言ってのへのへ笑うサリエリだった。

 街門の前に停車したジークフリート号。

 昇降口から姿を見せたライオネルに、ジェニファが駆け寄ってくる。

 

「ライオネルさん!」

「はっはっはっジェニファ。俺がいなくて寂し」

「大変なんです! すでに早馬を走らせていました!」

 

 ライオネルのジョークを華麗なまでにスルーして、ジェニファが語り始めた。

 それどころか、地面に降り立った彼の周囲に人が群がってくる。

 手を取ってどこかに引っ張っていきそうな勢いだ。

 

「ちょ、ギルド長まで。なんなんですか。一体」

 

 当惑するリーダーを見ながら、ミリアリアとメイシャは顔を見合わせた。

 どうやらガイリアで事件が起きているようだ、と。

 

「ぃよっし! また冒険だね!」

 

 事情もなにもわかっていないくせに、アスカか気を吐いている。

 これあるかな『希望』の英雄様、と、仲間たちがくすりと笑った。

  



第7部 完

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