第225話 慈愛の剣


「どぉうりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ジャンプ一番、屋根から飛び降りざまにグランダリルを叩きつけるアレクサンドラ。

 ガタノトーアの背がざっくりと割れる。

 

「ぐあああああ!?」

 

 予想外の方向からの攻撃に邪神が身悶えた。

 

「アレク!? なんでここに!?」

「あんたたちがいつまでも戻ってこないから、ピリム様が心配してあたしを派遣したのさ」

 

 ずばーっとガタノトーアの胴体を切り裂きながら着地したアレクサンドラが、アスカの問いに応えてにやりと笑った。

 

 うん。

 絶対嘘だよねそれ。俺たちがニーニャ救出に出発してから、まだ五日しか経ってない。心配するって期間じゃないだろう。

 

 そもそも、俺たちが出たあとすぐくらいのタイミングで早馬を使って追いかけないと、いまここに到着してるわけがない。

 

 たぶん戦い足りなくて追いかけたんだろうな。

 それとも、グリンウッド王と宰相をどーしても殴ってやりたかったか。

 

「で、こいつはナニモンなんだい? フォリスタに着いて早々、住民も兵士ももパニックになって城門から溢れ出てるし」

「邪神ガタノトーア。国王ルナリウスもこいつに殺されたらしい」

 

 応えたのは俺だ。

 さっき兵士が陛下の仇っていってたからね。

 

「なるほどねえ。あたしとしては、ざまぁって言いながらケツでも叩いて見せてやりたいところだけど、相手が悪魔ならそうも言ってられないか」

 

 まあ、お下品。

 将軍職にあるお方の発言とは思えませんわ。

 

「ピリム陛下の依頼は達成した。あとはこいつをやっつけたら完了だよ」

「了解だ。ならあたしも一働きして、依頼賃を負けてもらう口実を作るかね」

 

 冗談を飛ばして、がははと笑う。

 自分で口実とかいうな。

 

「ドワーフの小娘……!」

 

 ぎろりと敵意を剥き出しにして、ガタノトーアがアレクサンドラを睨む。

 すぐに襲いかからないのは、彼女が与えたダメージもさることながらアスカとサリエリが間断なく攻撃を加えて邪神の注意をそらしているからだ。

 

 とくにサリエリが上手い。

 アレクサンドラの登場と攻撃に全員が呆気にとられた瞬間に走り込み、ガタノトーアの右後方のポジションを奪ったのである。

 

 アスカと対角線の位置だ。

 つまりガタノトーアは、アスカとサリエリの両方を視界に入れて戦うことができなくなった。これは本当に大きい。

 

 そこにもってきて、アレクサンドラの参戦である。

 前衛たちへの対処に、ガタノトーアの意識の大部分が注がれた。

 そして、その瞬間を虎視眈々と狙っていたものもいる。

 

「ぐああああああ!?」

「たぁぁぁぁーっス!」

 

 絶叫と気合いの声が同時に響き、隠形を解いたメグが姿を現した。

 なんと邪神の腹の下から。

 

「象だろうが虎だろうが、四つ足の弱点は腹って昔から相場が決まってるんスよ」

 

 めちゃくちゃに振り回される触腕をかいくぐり距離を取る。

 隠形した彼女は、ずっと邪神の身体の下に潜んで好機を待っていたのだ。

 

 完全に不意を突いた格好になり、ガタノトーアの注意が俺たちのいる本陣から逸れた。いや、逸れたというより消えたと表現する方が近いかもしれない。

 

「ホーリーフィールド!」

「スリーウェイアイシクルランス!」

 

 メイシャとミリアリアの魔法が同時に決まり、さらに苦悶の絶叫をあげるガタノトーア。 その両目にユウギリの矢が突き刺さる。

 

「チャンスだ。たたみかけろ!」

「応ともさ!」

 

 振り上げられたグランダリルが長い鼻を半ばから切り落とす。

 

「うりゃあー ひっさつぅ、後ろから突きまくりぃ」

 

 のへーっと気の抜けた声とともに、ガタノトーアの背中から幾度も炎が噴き上がる。

 おそらく、突き刺した瞬間に邪神の体内で炎剣の力を解放しているのだろう。

 かなりえげつない攻撃だ。

 

 そして、アスカが七宝聖剣を目の前にかざす。

 

「剣に宿れ『慈愛』の心! 其は朋友メイシャの力なり!!」

 

 叫びとともに、刀身が光に包まれた。

 柔らかな、すべてを包み込むような優しい光。

 

 これが七宝聖剣の力か。

 

「いっくぞー!」

 

 アスカが大上段に振りかぶり、正面からガタノトーアに突っ込む。

 

「に、人間がこのガタノトーアを打ち倒すというのか!?」

 

 最後の抵抗とばかりに触腕が迫るが、アスカは気にしない。

 直撃するものだけかわしながら最接近する。

 

「成敗!!」

 

 振り下ろされた七宝聖剣が、縦半分に邪神の身体を両断した。

 

「ばかなぁ!!!」

 

 断末魔を残し、ガタノトーアが塵に変わっていく。

 

「やったな! アスカ!」

「うん! アレク!」

 

 ぱぁんとハイタッチを交わす人間とドワーフの英雄。

 身分は天と地ほども違うんだけど、無二の親友みたいである。

 

「やりましたね。母さん」

「ああ。完全勝利だ」

 

 俺とミリアリアも手を拍ち合った。

 メテウスとの戦いのときみたいに、仲間に怪我人が出なくて本当に良かった。本当ね。メイシャが重傷を負ったのは、お母さん、心臓が止まるかと思っちゃったわよ。

 

「七宝聖剣に宿ったわたくしの力は慈愛ですのね」

 

 そのメイシャが言った。

 この分だと、それぞれが何かの力を担ってるのかもな。

 俺は何だろう? 知りたいような、怖いような。

 

「なんか不満そうだな。慈愛なんてメイシャにぴったりな言葉だと思うぞ」

 

 首をかしげる。

 

「どうせなら、肉とかの方が良かったですわ」

 

「そんなバカな」

 

 やだよ。そんな力。

 七宝聖剣に宿る力が肉とか、意味不明すぎるわ。

 ぺしっと裏拳で突っ込んでやる。

 

 みんなが一斉に吹きだした。

 大悪魔を倒した直後だってのに締まらないことである。

 まあ、それが『希望』らしいっていえば、らしいかもしれないけどな。

 

 暮れなずむ空。

 気の早い星たちが瞬きはじめる。

 

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