第224話 あいつがきた!


 ガタノトーアと充分な距離が開いたところで、俺たちはふうと息を整える。

 

 奇襲で一定のダメージは与えたものの、客観的に考えても奴の体力の二割も奪っていないだろう。

 そもそも奇襲ってのはさ、弱い方がやることなんだよね。

 

「さあみんな。ここからが本番だぞ」

「判っておりますわ」

 

 斜め後ろから、笑みを含んだメイシャの声が聞こえる。

 

 先制攻撃の立役者だ。

 相手が喋ってる最中に攻撃するという、笑っちゃうような方法は完全にガタノトーアの出鼻を挫くことができたのである。

 

 邪神なんて自称するような悪魔に、クレバーな戦い方なんかされたら勝算の立てようがないからね。

 激昂させて冷静な判断力を奪ってこそ、勝機が生まれるってもんだ。

 

「この非礼は高くつくぞ。人間ども」

 

 よろめきつつもこちらを睨む悪魔。

 すぐには突進してこない。

 

 うーん。そのまま猛り狂って突っ込んできて欲しかったんだけど、冷静さを取り戻そうとしているな。

 

 たたみかけるには、ちょっと距離がある。

 接近するまでに迎撃態勢を整えてしまうだろう。

 

 となると、やっぱりここからは総力戦だな。

 そう思い定めたときだ。

 

「このバケモノめ!」

「陛下の仇!」

 

 など、口々に叫んでグリンウッド兵たちが集まってきた。

 五百名ほどはいるだろうか。

 そして勇猛果敢に槍を突き出す。

 

「ダメ! みんなこないで!!」

 

 アスカが叫んだ。

 兵士たちの勇気は買うけど、不用意に悪魔に近づいちゃいけない。

 

「エサが自分から寄ってきてくれたわ」

 

 ガタノトーアが笑った、かのように見えた。

 次の瞬間、無数の触腕が兵士たちを貫く。

 一瞬で二十人以上を。

 

 そしてみるみるうちに、兵士たちは干からびた老人のようになって地面に転がった。

 生命力を根こそぎ吸われてしまったのである。

 反対に、ガタノトーアの傷が癒えていく。

 

 いつだったか、街道でアエーシュマという悪魔と対峙したとき、俺たちは似たような光景を目にしている。

 

 悪魔にはこれがあるから厄介なんだよな。

 大人数で囲むって戦略を無意味なものにする能力だ。

 

「さがって! みんな下がって!! はやく!!」

 

 必死の形相でアスカが叫び続けているが、難を逃れたのは一割にも達しないだろう。

 事態についていけず棒立ちのもの、一矢報いようと戦うもの、なんとか仲間を逃がそうと奮闘するもの、すべて同じ末路を迎えてしまった。

 

「なんで……」

 

 唇を噛むアスカ。

 

 悪魔と戦うこと、その心構えは幼少の頃からたたき込まれる。軍略の学校だけでなく、魔法学校や神学校でも。

 すべての人類にとっての天敵だし、出会ったら倒さなければこちらが殺されるから。

 

 だから、悪魔が相手だからびびって動けない、なんて兵士は基本的にはいない。

 けど、あくまで持っているのは心構えであって、戦い方のノウハウじゃないんだ。

 

「グリンウッドのつわものたちよ! 退けぃ!! ここは冒険者クラン『希望』が預かる!!」

 

 俺は広場中に届くような大音声で言い放つ。

 悪魔退治のノウハウを持っているのは、俺たちだ。




 潮が引くように生き残った兵士たちが後退する。

 ちゃんと数えてる余裕はないけど、せめて百人くらいは生き残っていてくれたらいいなぁ。

 

「『希望』? 『希望』といったか?」

 

 ガタノトーアが謎の反応をした。

 牙の並んだ不気味な口から漏れるのは笑い声だろうか。

 

「聞き間違いじゃね?」

「ナイアーラトホテップをうち倒した『希望』が、このガタノトーアの前に現れたか!」

 

 俺の軽口は無視して哄笑をあげる。

 つーか情報共有ができてるんだ。

 連絡網でもあるのかしら? 嫌な情報を得ちゃったなぁ。

 

 是が非でもこれは持ち帰らないといけない。抱え落ちは許されないぞ。

 

 けど、状況は良くないな。

 せっかく先制攻撃で与えたダメージも回復されちゃったし。

 

「おもしろい! 本気で相手をしてやろう!」


 言うが早いか、無数の触腕が伸びてくる。

 やばい。この距離で攻撃されたら、アスカもサリエリも反撃に転じようがない。


「八つ裂きリング!」

 

 ミリアリアが杖をかざせば、高速回転する氷の刃が二つ飛び回り、迫り来る触腕を次々に切り落とす。

 

「全部は落とせません! アスカ! サリエリ! 残ったのはそっちでお願いします!」

「了解!」

「まかされてぇ~」

 

 声を出す。

 

 変わったな。メテウスとの戦いでは、黙ったまま自分ですべて処理しようとした。

 今回はちゃんと仲間に伝え、仲間を頼る。

 

 それで良い。

 俺も見習わないとな。

 

「前衛は攻撃をさばきつつ前進。メイシャ、回復魔法で支援たのむぞ」

「はいですわ」

 

 こちらに向かってくる触腕を月光でさばきながら、指示を飛ばす。

 

「ユウギリ。目を狙え」

「承知いたしました」

 

 弓は手数でなく精密射撃に切り替えだ。

 なにしろ目にかすり傷は存在しないからね。ガタノトーアとしては防御のためにいくらか神経を使わないといけない。

 これだけでも前衛が戦いやすくなるのである。

 

 なんとか触腕をかいくぐって間合いに入ったアスカたちだが、今度は象のように長い鼻が襲ってきた。

 横薙ぎの一撃をエフリートで受けたサリエリが、十軒(十八メートル)ほども吹き飛ばされる。

 

「ああん~ せっかく進んだ分を戻されたのぉん」

 

 きちんと足から着地しつつも嘆く。

 気持ちは判るけどな。

 

 また触腕をかいくぐりながら進まないといけない。そしてそれ以上に、前戦で戦うのがアスカひとりになってしまった。

 

 襲いくる触腕と長い鼻を切り払うので精一杯、なかなか本体にダメージを与えられない。


 厳しいな。

 前戦の枚数が足りない。

 かといって俺が前に出たら、メテウス戦の二の舞である。

 

「苦労してるじゃないか、ライオネル。ドワーフの手は必要かい? 猫の手よりは役に立つよ」

 

 突然、声が降ってきた。

 

 慌てて視線を巡らせば、ガタノトーアに近い建物の屋根に佇立する影がある。

 巨大なバトルアックス、雷帝の斧『グランダリル』を肩に担いで。

 

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