第221話 二度同じ失敗はしない


 ニーニャが案内してくれたのは、上流階級が多く住むエリアの教会だった。

 やはり彼女は、かなり豊かな商家の娘だという。

 

「つっても、たまたま父親が一山当てただけの成り上がりものさ。あーしだってガキの頃は普通に下町で暮らしてたしね」

 

 とは、本人の弁である。

 数え十二(満十一歳)の時に高級住宅街に引っ越し、良家の子女が行くような花嫁学校に通いはじめたが、簡単に下町気質は抜けなかった。

 

 ただ、いじめられたりはしていない。

 蓮っ葉ではあるが、気風が良くて筋の通った姐御肌のニーニャは学校でも好かれ、むしろ取り巻きが生まれるほどだったのである。

 

「で、その取り巻き連中を連れて、教会の手伝いとかしてたんだ」

「ガキ大将が徒党を組んでボランティア活動スか。なかなかシュールな絵面スね」

 

 メグが呆れたように笑った。

 たしかに、蓮っ葉な女の子に率いられた優等生集団が、貧民たちの救恤きゅうじゅつ活動をしている姿は、想像するとちょっと面白い。

 

 ともあれ、そういう縁で教会の司祭とは仲良くしていたという。

 そして俺たちが到着したとき、その教会は煌々と灯りがともり、入口にも鍵がかかっていなかった。

 中へと踏み入れば、至高神をかたどった像の前に老司祭がたたずんでいる。

 

「こちらへ。すでに治療の準備がととのっております」

 

 と。

 すべて判ったような微笑だ。

 

「なぜ……?」

 

 思わず訊ねてしまう。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまうのは、仕方がないことだろう。

 俺たちが訊ねてくることも、怪我人を抱えていることも、全部判っていたというのか。


「啓示がございましたので。我が愛し子の危機を救えと」

「助かります」

 

 老司祭の後に続き、治療室のベッドにメイシャを横たえる。

 

「すぐに治療いたします。誰かおひとり、手伝いに残っていただきたいのですが」

 

 他は邪魔になるから出ていろ、ということだ。

 

 まあ、全員で残っても意味がない。

 メイシャが心配なのは共通した思いだが、老司祭の邪魔してはいけないってのもまた共通した考えである。

 

「あーしがやるよ。司祭サン」

「ニーニャ。相変わらずそんな言葉遣いをして」

 

 老顔に笑みをたたえる司祭とニーニャに後事を託し、俺たちは六人は礼拝堂へと戻った。

 

「母ちゃん……」

「大丈夫だ。司祭様を信じよう」

 

 心配そうなアスカの赤毛を一撫でする。

 

 何をどうやっても手遅れなら、老司祭に啓示が降りるわけがない。

 啓示があったということは、彼には救うことができるということである。薄弱な根拠かもしれないが、それしかすがるものがない。

 

「うん。あと、リリもお願い。母ちゃん」

 

 彼女の心配は二重だ。

 本物の姉妹も同然の親友たちのうち、一人は命の危機にあり、もう一人は精神的な危機にある。

 

「判ってる」

 

 視線をミリアリアに移す。

 彼女は小さな手でフェンリルの杖を握りしめ、礼拝堂あの片隅でぶつぶつと呟いていた。

 

「マジックミサイルで迎撃じゃなくてプロテクションで守りを固めていたら……」

 

 きっと、さっきの戦いを反芻しているのだろう。

 

 良くない傾向だ。

 反省と「たられば」は違う。

 

 時間は戻らない。同じ戦いも二度とない。ああしていればこうしていたらというのは意味がないのだ。

 だから、改善点を洗い出し、先に繋がるように成長戦略に盛り込んだら、あとは忘れて良い。

 

 過ぎたことをぐちぐち考えても意味がないのだ。

 

 もちろんミリアリアもそれは判っているだろう。

 判っていてもなお考えてしまう。

 

 それほどまでにメイシャの重傷は大きい。実際問題、アスカが重傷を負ったこともあるし、俺が大怪我をしたこともあるが、まったく違うのである。

 

 結局、メイシャがいれば怪我も呪いも治すことができたから。

 非常に悪い言い方になってしまうが、ミリアリアもアスカも心の根っこの部分でメイシャに頼り切っていたのである。怪我をしても大丈夫だと。

 

 だから俺と出会った当時、とんでもない囮戦法なんかを使っていたわけだ。

 ここにきて、ようやくメイシャを失ってしまうかもしれないという恐怖を実感したのである。

 

「ミリアリア」

「母さん……」

 

 肩に手を置き、むりやり椅子に座らせる。

 

「今回はまずかったな」

 

 そして俺も隣に座り、祈るように手を組んだ。

 

「メイシャに指揮を託して前線に出るなんて、やっちゃいけなかった。あいつにはあいつの仕事があるのに」

「母さん。私の魔法選択もまずかったかもしれません」

 

 ミリアリアが息を吐く。

 マジックミサイルで迎撃していたのは、次の攻撃に繋げるためだ。

 

 プロテクションでがちがちに守っていると、敵の攻撃が止んだとき、魔法を解いてから次の魔法を用意するというプロセスになってしまう。

 つまり迅速に反撃に転じることができないのである。

 

 べつにおかしなことではない。

 普通の魔法使いはそうやって戦っている。

 

 しかしミリアリアは色気を出してしまった。

 彼女が同時に操れるマジックミサイルは膨大な数だったし、コントロールにも自信があったから、攻撃魔法で防御しつつ、隙を見て反撃するという離れ業を選択してしまったのである。

 

 ひとつの仕事を確実にやる、という最も基本的なことを怠った。

 俺もミリアリアも。

 それがこの結果である。

 

「次はちゃんとやろうな。ミリアリア」

「はい。母さん。二度同じ失敗はしません」

 

 うなずき合う。

 

   

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