第220話 俺のせいだ
「大丈夫か? メイシャ」
外套の隠しから携帯食を取り出し、俺はメイシャに駆け寄った。
どうせ腹が減って動けなくなったんだろう。
戦闘のあとの駆け足だからな。
無理もない。
「ネルママ……」
「ちゃんと栄養入れておかないとだめだろ、って、え?」
言いながら抱き起こし、違和感があった。
手袋越しに伝わるぬるりと生温かい感触。
「メイシャ!? おまえ!?」
「……ごめんなさい。足を引っ張ってしまいましたわね……」
力なく笑う。
その顔色は真っ白だ。
ダメージを受けていたのか。
「メイ!?」
「メイシャ!?」
異常を察して駆け寄ってきたアスカとミリアリアが小さく悲鳴を上げた。
脇腹の刺し傷。
背中まで貫通している。
メテウスの短槍に貫かれたのだろう。
重症だ。
死んでいたっておかしくないくらいの。
とんでもない激痛だろうに、こんな状態でここまで走ってきたのか。
「言えよ。このばか……」
「言ったら、みんな足を止めてしまいますわ……」
回復魔法を使うプリーストはチームの要だ。
それが重傷を負っていると知ったら、作戦方針は大きく変わってしまう。
だからメイシャは言えなかったのだ。
「わ、私のせいです! 私がちゃんと迎撃できなかったから!!」
矢も楯もたまらずにミリアリアがメイシャの手を握る。
目にいっぱいの涙をためて。
「違うぞ。ミリアリア」
「母さん……」
「俺の責任だ」
唇を噛む。
俺はメイシャに何をさせた?
ニーニャを守りつつ指示出しをしろ? ふざけてるのか?
メイシャは全体を見ながら回復魔法を使っていたのに、さらにやることを増やすとか、何を考えている。
できるわけないだろ。いくら長女役だといったって、今年成人したばかりの数え十八(満十七歳)なんだぞ。
どんだけ責任負わせてんだよ。俺は。
責任感の強いメイシャなんだから、自分の身を守ることなんか二の次になって当然じゃないか。
なにが軍師だよ。馬鹿すぎるだろ。
「ネルネルぅ。どおするう?」
ぽん、と肩を叩かれ、俺ははっと顔を上げた。
「ジークフリートに運んで、どこか教会のある大きな街に運ぶかぁ、それとも、この街の教会に運び込むかぁ、ネルネルが決めるんだよぉ」
サリエリがのへのへっとした顔で言う。
それによって、俺は冷静さを取り戻した。
反省も後悔も、あとでいくらでもできる。
今しなくてはいけないことは、メイシャに適切な治療をすること。
重傷を負って息も絶え絶えな彼女は、自分に回復魔法を使う余裕がない。となれば至高神教会に連れて行って治療してもらうしかない。
小さな村や宿場町の教会では高位の回復魔法を使えるプリーストがいないかもしれないから、それなりの規模の街ということになる。
しかし、その大きな街というのはこれから探さなくてはならない。グリンウッドの国内なんか詳しいわけもなく、正直なところスペンシルからフォリスタまで最短距離で移動する方法しか俺たちは知らないのだ。
大きな街を探すか、スペンシルまで最高速で一昼夜かけて戻るか、どちらが速いか微妙なくらいだろう。
そして、俺たちはいま王都フォリスタにいる。
まさに大きな街だ。
大規模な教会もあるだろうし、高位の司祭だっているだろう。
しかしここは敵の真っ只中なのである。
いま脱出しなかったら、どんどん脱出は難しくなっていくだろう。それにこの街の教会にコネクションがあるわけでもない。
神官の口から俺たちのことが漏れる可能性もあるのだ。
なかなか厳しい状況である。
「けど、時間はかけたくない。この街の教会を頼ろう。手分けして教会の場所を調べるんだ」
異論は出なかった。
メイシャの治療が最優先だとみんな思ってくれているのである。
「教会なら、あーしが知ってるよ」
と、半ば挙手するようにニーニャが申し出てくれた。
まさに時の氏神というべき情報である。
彼女の実家が懇意にしている教会があり、ニーニャも城に出仕するまでは頻繁に遊びに行ったり手伝いをしたりしていたという。
下働きとはいえ王城で働けるのだから、ニーニャはそこそこの家の娘だ。
懇意にしている教会だって、たとえばスラムにあるようなカタチだけのものではないだろう。
「司祭はじいさんだけど、それなりの位の人だったと思う」
「ありがたい。案内してもらえるだろうか」
「お安いご用さ。あんたたちは命の恩人だからね」
にこっと笑ってくれる。
さして美人というわけではないが、なんだか安心できる笑顔だった。
もしかしてピリム女王もこんな気持ちだったのかもしれない、と、俺は埒もないことを考える。
「応急処置は終わったス」
そのタイミングでメグが告げた。
といっても、傷口を縛って血がこれ以上出ないようにしただけ。
潜入任務だったため、みんなの荷物はジークフリート号のなか、ろくな道具を持っていないのである。
「案内してもらえるか。ニーニャ」
そう言って、俺はメイシャを抱き上げた。
「姫抱きですわね……怪我をした甲斐がありましたわ……」
弱々しい声で冗談を飛ばしている。
こんな時まで。
「母ちゃん。わたしが持とうか?」
「いや、俺にやらせてくれ。でないと本当に申し訳が立たない」
もちろん運んだくらいで俺のミスが許されると思ってるわけじゃない。
こうしないと気が済まないだけ。
「絶対に死なせないからな。メイシャ」
口の中で呟く。
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