第216話 宰相メテウス
姿を消したまま城内を進み、仕置き部屋とやらに入った俺たちは凄惨な光景に思わず目を背けた。
幾度も戦を経験している俺たちが、である。
拘束され、呻吟する女性の状況はそれほどのものだった。
「すぐに治療いたしますわ」
小さく息を吐いたメイシャが駆け寄って極大回復魔法を使う。
潰れた眼球や千切れた四肢まで再生する大司教クラスの魔法で、在野ながら聖女と呼ばれるメイシャだから使えるものである。
つまり、それほどの魔法を使わなくてはいけない状態だったということだ。
「オレは鎖を外すス」
七つ道具を取り出し、メグが女の拘束を解いていく。
ときおりうめき声が混じるのは、鎖が肉に食い込んでしまっているからだ。
長い時間のようにも思えたが、小半刻(十五分)もかかっていない。
やがて、活力を取り戻した女性が不思議そうに自分の身体を見る。
そりゃそうだ。
彼女から俺たちの姿は見えていないのだから。
俺はサリエリに視線に送り、
「ニーニャさんだね。助けにきた」
「あ……」
「俺たちは『希望』。冒険者クランの『希望』だ」
「ぅ……ぁ……うわぁぁぁぁぁっ!」
安心したのか号泣だ。
すがりついてきた身体を抱きとめ、ぼんぼんと背中を叩いてやる。
とはいえ、あまりのんびりもしていられない。
ニーニャがぼろぼろにされて、しかも殺されていなかったといなかったということは、なにか目的があるはずなのだ。
情報を吐かせたいってものから嗜虐心をみたしたいってものまで。
いずれにしてもニーニャが生きている以上、加害者はまたやってくるってこと。
鉢合わせるのは面白くない。
「なんかウチぃ、インビジブル係みたいなのぉ~」
ぼやきながらサリエリが不可視の魔法を使う。
ていうか、基本的にサリエリの魔法が頼りだからね。一番役にたってるじゃん。
俺なんか見てみなさいよ。
今回の仕事でしたことなんて、下働きを脅してここの情報を得ただけだ。
何の役にも立ってないよ。
「戦闘が避けられるんだからラクで良いじゃないか、って母さんは思ってますよ。きっと」
ミリアリアが笑う。
さすが、よく判ってらっしゃる。
姿を消した俺たちは、するすると移動を開始した。
そして
無言のままアスカか七宝聖剣を抜き、鋭く振り抜く。
ぎぃんと音が響き、地面に何か落ちた。
それは両断された太い矢のような物体である。
まさか、攻撃されたのか?
「インビジブルか。女王奪還のカラクリはそれだったか」
かがり火に照らされた薄闇の中、歩み寄ってくる影。
視線はまっすぐこちらに向けられている。
どうやら俺たちの姿が見えているようだ。
不思議なことに。
ひ、と、ニーニャが小さく悲鳴を上げる。
「宰相様……」
メテウスとかいう名前だったかな。たしか。
それにしても、どうしてこっちが見えてるんだろうな。
「……あれは人間ですか?」
ぼそりと呟くのはユウギリだ。
「最大級の注意をせよと、たったいま啓示がありました」
メイシャも緊迫した声である。
二人のこういう反応は珍しい。
というより初めてじゃないかな。
「サリエリ。インビジブルを解いてくれ」
「りょ」
短く応えて魔法を解く。
魔法のコントロールをしながら戦うのは厳しい、というのはたぶん彼女にも判っているのだろう。
「お初にお目にかかるな。宰相メテウス。俺は『希望』のライオネルだ」
「なるほど。手際が鮮やかだった理由も判明した」
に、と唇を歪める。
異様なまでに白い顔と病的なほど赤い唇。
黒い蓬髪がざわざわと夜風になびく。
「お褒めにあずかり光栄だ」
「しかしその顔にももう飽きてきたな。死んでもらおうか」
宰相が笑った。
その瞬間、飛び出したアスカが剣を振るう。
金属音が連なり、また両断された矢のようななにかが地面に落ちた。
……いま、どうやって攻撃した?
「こいつの両肩の上、何もない場所から突然現れた。魔法じゃないかな」
メテウスから視線をそらさずに言うアスカ。
何もない空間から突如として放たれた攻撃を弾くことができちゃうのが、この赤毛の英雄なのだ。
「
フェンリルを構えたままミリアリアが言う。
そして一度見たただけで正体を見抜いてしまうのが、この小さな大魔法使いだ。
それにしても、失伝魔法を操るとか、インビジブルを見抜くとか、こいついったい何者だ?
「いまので死ねばラクだったものを」
何もない空間から数十に及ぶ矢が飛び出す。
くると判っていればなんとか見えるな。
そして矢じゃなくて短槍だね。これは。
「種の割れた
ミリアリアの張った見えない壁に、すべて阻まれる。
「今からここは
「ぐあああっ!?」
清浄な光が足元から吹き上がり、宰相メテウスが絶叫をあげる。
「おいおい……」
メイシャの用いる神聖魔法、ホーリーフィールドは悪魔やアンデッドに特効のある魔法だ。人間にかけて効果のあるものじゃない。
「やっぱり悪魔でしたわね。使ってみるものですわ」
ふんと豊かな胸を反らす。
「貴様……」
やばいようちの聖女様。確証もなく浄化魔法を使ったらしい。
普通の人間が相手だったらものすごい失礼だ。
まあすでに敵対しているわけで、失礼もへったくれもないんだけどね。
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