第215話 助けてあげておくれよ


「機転が利いてるのお~ 女王の味方っぽいことをいったらぁ、反発されるだけだからねぃ~」

 

 サリエリがのへーっとニーニャを称揚する。

 ジークフリート号の車内だ。

 

 グリンウッドに向けて巡航中である。

 

「でもさ! どうして助け出さないといけないんだろ? そのニーニャって人が戦争責任になるの?」

 

 アスカが首をかしげた。

 

「すごいですアスカ。よく戦争責任なんて言葉を知ってましたね」

 

 そしてミリアリアが感心している。

 馬鹿にしているんじゃなくて、本当に驚いているっぽい。

 まあ俺もだけどね。よくそんな難しい言葉を知ってたな。

 

「知らないよ! アレクとリリエンが喋ってたから憶えただけ!」

 

 うん。そんなこったろうと思ったよ。

 戦争責任っていってもいろんなのがあるんだけど、この場合は敗戦責任だね。

 

 で、ニーニャっていう下働きがなんか責任があるのかっていうと、ぶっちゃけなーんの責任もないさ。

 ただの下働きだもん。

 

 責任ってのは責任者に対して問われるものだからね。

 むしろ下働きの女ごときが、戦争に関してなんの責任を持てるって話だよ。もし持ってるとしたらそれは下働きっていわない。

 

 いわないんだけど、責任者が責任を取らず、下の人間がスケープゴートにされちゃうことは、じつはよくあることなんだ。

 

「この場合は、女王が逃亡した責任を被せられるってことだな」

 

「なにそれ! 頭の悪いわたしでもヘンってわかるよ!」

「オレでも判るスね」

「わたくしはお腹がすきましたわ」

 

 アスカ、メグ、メイシャの会話である。

 お前らはなんのアピールをしてるんだよ。

 

 ユウギリなんかはくすくすと笑ってるだけで話に入ってこない。それがいい。深入りすると戻れなくなるぞ。

 

「女王に服を与えたから逃げやすくなった。これは利敵行為であると強弁することはできますから」

「そのために隊長格と寝てるってのもお~ この場合はまずいかもねぃ」

 

 賢い二人はさすがに判ってるようだ。

 結局さ、敗戦の責任なんて誰でも良いんだよね。

 憂さ晴らしだから。

 

 戦後交渉でグリンウッドの権益は大きく削られるだろう。甘い汁を吸っていた連中だって、これからは簡単じゃなくなる。

 面白くないわけだ。

 

 だから、適当な理由をつけて弱い立場の者を殺しちゃおうってこと。

 なかなかご立派なメンタリティだけど、一国の元首を監禁したり裸に剥いたりするような連中だもの。

 俺たちにはできないような真似だって、いとも簡単にやってのけるさ。

 

「でもさ母ちゃん! それならさっさと助けないとやばいんじゃない?」

「ああ。だからジークフリート号で急いでるんだ」

 

 女王は戦後交渉のどさくさに紛れて助け出して欲しいって言ってたけどね。俺の予想ではそんなに猶予はない。

 あるいは、すでに殺されていてもおかしくないくらいだ。





 前回とは違って、わずか二日でフォリスタに到着する。

 ルートが判っているため、かなり高速で走ることができたからだ。

 

「そして道順が判ってるのは、ここまでじゃない。行くぞみんな」

 

 森の中にジークフリート号を隠し、俺たちはすぐに行動を開始する。

 日中のうちに王都に入り、日暮れとともに王城に潜入するのだ。ニーニャの顔は、残念ながらピリム女王が描いた似顔絵だよりである。

 

 まあ、髪の色も髪型も目の色も判っているし、見つけだせないってことはないだろう。

 最悪、他の下働きを脅すって手もあるしね。

 

 そして潜入から四半刻(三十分)、その最悪の手段を使うことになってしまった。

 疲れた表情で使用人部屋に戻ろうとしている下働きを、物陰に引きずり込む。

 

 いやあ、だってぜんぜん見つからないんだもん。

 下働きが働いてそうな場所はだいたいまわったと思うんだけど、ニーニャっぽい女性はまったく見かけなかった。

 

 これ以上探索に時間をかけるのはリスクも高まるし、とっとと聞き出すことにしたのである。

 

「動くな。騒ぐな。死にたくなければな」

 

 壁に女の背中を押しつけ、半ば覆い被さるようにナイフを喉元に当てて、俺は押し殺した声で告げる。

 女が目だけで頷いた。

 

「二度は訊かない。ニーニャはどこにいる?」

「まさか……! あの子を助けに来てくれたのかい?」

 

 女の顔に喜色が浮かんだ。

 ん?

 なんだこれ。

 

「あの子が世話をしていた貴人がいるんだけどね。その人が死んだらしくて、仕置き部屋に閉じ込められてるんだ」

「なるほどな」

 

 城の連中も、下の方は誰が捕まっていたか知らなかった感じか。

 ますますミーニャの身が危ないな。

 秘密を知ってしまっているんだから。

 

「なあ、助けにきたんだろ? 助けてやっておくれよ。あの子ははすだけど良い奴なんだ」

「仕置き部屋とやらの場所を教えてもらおうか」

 

 たぶんニーニャは女王にだけ親切だったわけじゃないんだろう。

 他の下働きの連中にも慕われている。

 蓮っ葉なんて言われてるけどね。

 

 型にはまった優等生というタイプではなく、きっと言動は悪いけど筋が通ってるとか、そういう感じなんだろう。

 冒険者の中にもそういうやつはいる。固ゆで野郎ハードボイルドのライノスあたりがそうだ。

 

「助けてやってくれたら恩に着るからさ」

 

 そう言って、下働きの女が仕置き部屋の場所を教えてくれた。

 

 大丈夫。

 冒険者クラン『希望』の依頼達成率は、そう悪い方じゃないから。

 

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