第214話 だからママなのですね


 女王ピリムから男爵の位を贈る旨の話があったが、もちろんこれは辞退した。

 それを受けるってことはさ、インゴルスタの貴族になるってことだからね。ガイリアのロスカンドロス王に義理も立たないし。

 

「ならば領地を……」

「いりませんて。同じことじゃないですか」

 

 爵位でも領地でも一緒。

 俺はガイリア王国の一臣民だから、そういう報奨を受け取るわけにはいかないんだよ。もちろん美女は論外ね。

 娘たちに叩かれちゃうよ。

 

「けれど、命を救っていただいた謝礼を金銭で済ませてしまっては、インゴルスタが鼎の軽重を問われます」

 

 女王陛下としても矜持の問題があるからね。

 信賞必罰っていって、功績に対してはしっかりと称揚して褒美を与えないと国の基が立たなくなってしまうのだ。

 

「……判りました。『希望』全員に名誉騎士位を授けます。これがぎりぎりの譲歩ですよ。受けてくれますね? ライオネル」

「二つ目の名誉騎士ですね。この調子で増えていったら、俺はいくつの国で騎士になるのやら」

 

 肩をすくめ、女王の提案に了承した。

 

 シュモク大公国に続いて、二回目の受勲である。

 普通だったらありえないことだが、名誉騎士ってのは実利のあるものではなく、文字通り名誉の称号だから問題にはならない。

 

 身分を保障する勲章がもらえて、それを見せれば騎士として扱われるってことくらいかな。

 国としてもそんなに損はしないわけだ。

 

 ただ、だからこそそんなにばんばん叙勲するわけにはいかないんだけどね。価値が低くなってしまうから。

 

「ガイリア王ロスカンドロスも、マスル王イングラルも、あるいはスペンシル侯爵さえも、どうしてあなたを高く評価するのか、よく判りましたよ」

 

 女王が笑う。

 

「権勢を求めないのは欲がないからでも面倒だからでもなく、自分たちが政治的な切り札にされ、いずれは権力者から疎まれると知っているから」

 

 歌うような口調だ。

 

「結局、それを避けるには自分が最高権力を握るしかありませんからね。血みどろの権力争いに勝利して」

 

 俺は肩をすくめてみせる。

 これが本音だ。

 

 たぶん俺の能力は小さな都市国家くらいなら大過なく治められる程度のものはあろうかと思う。自惚れてるぅってサリエリには笑われそうだけど、彼女を含めたクランメンバーがいれば、なんとかやれるんじゃないかと思うんだよ。

 

 でもさ、それって娘たちを政争の渦に巻き込むって意味だから。

 あの子たちには友人を裏切ったり、政敵を闇に葬ったりするような人生を送って欲しくないんだよね。

 

 冒険者クラン『希望』として、困ってる人たちに手を差しのべ続ける。

 王様だろうと庶民だろうと関係ない。

 そうありたいと思ってるんだ。

 

「世話焼きのお母さんそのものですよ。ライオネル」

「よくいわれます」

 

「わたくしも、ママと呼びますね。これからは」

「いいですよ。もう好きにしてください」

 

 ママでも母ちゃんでも、好きなように呼べば良いのさ。

 もういまさらだよ。





「ところで、ママにひとつ仕事の依頼があるのですが」

「拝聴します」

 

 叙勲式典とかの話を詰めて、一段落したところで女王ピリムが切り出した。

 

 これからインゴルスタ・スペンシル連合は、グリンウッドに対して戦後交渉に入る。

 五万にのぼる戦力を失ったグリンウッド王国は、おそらくなすすべもなく巨大な賠償金を背負わされることになるだろう。

 

 金だけならまだしも、領土の割譲や王族からの人質、交易都市の租借だの、かなり厳しい条件を突きつけられること、万に一つの疑いもない。

 ピリム女王を監禁して人質にしたり、スペンシル領の北部を荒らし回ったり、まあグリンウッドは好き放題やらかしていたわけで、負けちゃったからには報いを受けることになってしまうのだ。

 

 で、女王の依頼とは、その戦後交渉の最中に、ある人物をグリンウッドから救出して欲しいというもの。

 その人物は、監禁されていたピリム女王になにかと気を配り、自分の服まで与えてくれた下働きの女性である。

 

 三ヶ月近くにも及んだ監禁生活で発狂しなかったのは、その女性がいたからだという。

 

 当初は虜囚どころか人間として扱おうともせず、逃亡防止という名目で恥辱を与えるために服まで剥ぎ取り、塔の一角に監禁した。

 食事なども最小限だったし、運んでくるのも男性兵士で、そのたびにに女王の肉体をじろじろと鑑賞していったのだという。

 

 性的暴行に至らなかったのは、絶望させすぎて自殺されたら困るからという理由にすぎない。

 

「じっさい幾度自殺を考えたか判りません」

 

 女王が苦笑する。

 苦笑できる程度には精神的な再建を果たしているということだろう。

 

 流れが変わったのは、世話係としてニーニャという下働きがやってきてからだ。

 黒い髪と緑の目をもった、あまり美人ではない小太りの娘だったが、本当に良くしてくれたのである。

 

 見張りの兵士に交渉して、自分の服を与えたのもそのひとつだ。

 可哀想だから、という理由では男たちが納得しないのが判っていたから、女王が下働きの服を着てたら面白いだろ、という方向で話を進めたのである。

 

 もちろんそれだけで上手くいく話ではないから、隊長格の男にニーニャは自分の肉体を提供して女王のささやかな人権を買い取ったらしい。

 

「感謝してもしきれません。しかしそれを伝えても、「あーしより美人の女が全裸でいたら男どもの視線がそっちに行っちゃって面白くないからね」と笑うだけでした」

 

 懐かしそうに女王が語った。

 

 

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