第213話 おかしな捕虜


 掃討戦は一刻(二時間)ほどで終わった。

 

 まあ、逃げ回ることしかできない敵をやっつけたところで武名が上がるわけでもないからね。

 ほどほどのところで逃がしてやるのが一番なんだ。

 

 実際、調子に乗って追いかけ回していたら必死の反撃に遭って思わぬ損害を被ったなんて話も枚挙に暇がない。

 死にたくないから敵は逃げるんだけど、あんまりしつこく追い回すと死なば諸共って気持ちになっちゃうもんなのさ。

 

 だから、逃げる途中で野盗化しないかどうかだけ監視してれば、じつは問題なかったりもする。しかも国境線のこっち側だけね。

 グリンウッド国内に戻ってから村を荒らそうが旅人を襲おうが、ぶっちゃけ知ったこっちゃないのである。

 

 当たり前だけどスペンシル軍はスペンシル領を守るために存在してるし、インゴルスタ軍はインゴルスタ王国を守るために存在しているのだ。まずは自国のことが最優先で、その上で余力があったら他国を助けるかもしれないってだけだ。

 

 まして侵攻してきた国の連中のことを、無辜の民だから助けないといけないなんて考えるのは、偽善も度が過ぎるというものだろう。

 

「ネルダンさん。敵幹部っぽいのを捕まえたス」

 

 デリンダート報復戦の戦後処理をしている俺のところに、縛られた男をメグが連行してきた。

 

「つーかただの農民じゃね?」

 

 首をかしげる。

 みすぼらしい野良着をきてるし、武芸の心得があるような足運びじゃないし。

 

「これは奪った服スよ。ちょっと離れたところにある農園に押し入ったんすよ。こいつら」

 

 すごく嫌な顔をしてメグが説明してくれた。

 

 敗走するグリンウッド軍が悪さをしないよう、近隣の村や集落には部隊を派遣して守らせている。

 しかし護衛が間に合わなかった場所もあって、足の速いメグたちが駆け付けたとき、その農園は手遅れだった。

 

 数名の暴兵が暴れ回ったあとで、女も子供も皆殺しにされていたのである。

 そして野良着に着替えて逃走しようしていたところをメグたちの隊が発見した。

 

 そりゃもうスペンシルの兵たちは怒り狂い、暴兵をことごとく切り捨てたんだけど、そのうちの一人が命乞いをしたのである。自分は軍幹部だから生かして捕らえれば身代金がとれる、と。

 

「嘘か本当か判らないスけど、一応連れてきたス」

 

 吐き捨てるように言う。

 気持ちは判る。

 メグたちの俊足をもっても間に合わなかったってことは、勝敗が決する前に逃げ立ったことだからね。

 

 勇敵と戦うことはできなくても、無力な民草なら殺せるっていう、素敵なメンタリティの持ち主だ。

 俺だって丁重に扱ってやる気分にはとうていなれない。

 

「で、あんたはなにものだ?」

「……グリンウッド王国、スペンシル攻略遠征軍総参謀長、ゴルツク」

 

 ふてくされたように答える。

 俺は一瞬、我が耳を疑った。

 

「いやいや。そんなしょーもない嘘をつかなくて良いから」

「嘘ではない! 本国のメテウス宰相閣下に問い合わせてもらえれば判ること!」

 

 まじで言ってんのか? こいつ。

 

「あんたが総参謀長だとすると、顕職にある人間が戦闘指揮を放棄して逃げ出したあげく、民間人を殺して物品を奪ったってことになるんだが、それで良いかい」

「…………」

 

 黙り込む。

 俺たちが殺さなくたって、本国に戻ったら処刑されるだろう。

 だらだらと汗を流すゴルツク。

 

「な、ならば、貴国に亡命する! 私の知略はスペンシルの役に立つはずだ!」

「立つわけないだろ。無能者が」

 

 背後から声がかかり振り返ると、巨大な戦斧を肩に担いだアレクサンドラが立っていた。

 

「こいつは、あんたと同じ戦法を使って大失敗した間抜け野郎だよ。ライオネル」

「ああ、あのときの!」

 

 俺はぽんと手をうった。

 第二次ディーシア会戦のときに一撃で突破した部隊、あれを指揮していたのかゴルツクだったのか。

 あれはお粗末だったね。

 

「そのあと、なんでもっとはやく救援にこなかったって怒り狂ってたんだよ。こいつ」

 

 げらげらとアレクサンドラが笑った。

 そりゃあ、とんだ知略の持ち主だわ。

 

「殺すならあたしがひと思いにバッサリやってやるけど?」

「捕虜で良いだろ。戦後交渉のときに使い道があるんじゃないかな」

 

 さらっと処遇を決めてしまう。

 生かしておく価値はないんだけど、かといってこっちの手を汚すほどの価値もないんだよね。

 終戦交渉で返してやる感じかな。

 

 グリンウッドとしても、敗戦の責任を背負わせて処刑台の昇らせる人間が必要だろうし。

 

「ほら。きりきり歩くスよ」

「ぼ、亡命は……っ!」

「受け入れるわけないスよ。なに寝言いってるんスか」

 

 メグに引き立てられながらゴルツクが去っていく。

 他の捕虜たちと一緒に繋ぐためだ。

 

「ピリム様がお呼びだぜ。ライオネル」

「お、これで俺の仕事も終わりかな?」

 

 インゴルスタ軍に女王ピリムが合流した。グリンウッド軍も撃退した。

 もう『希望』の出番はないだろう。

 あとは政治の領分で、冒険者が口を出すような話ではない。

 

「だな。がっつり褒美をねだると良いぜ。爵位でも領地でも、なんなら美女でもな」

「どれも間に合ってる。俺は一介の冒険者だぞ。金銭以外の報酬はいらないさ」

「無欲なこった。金なんか、あたしが個人的にいくらでも出すのに」

「下手な欲を出さないのが長生きの秘訣なんだよ」

 

 そう言って、俺は女王ピリムの天幕へとむかう。

 アレクサンドラでも出せる報酬だから良いんだ。もし女王にしか出せないような報酬をもらってしまったら、間違いなく諍いの種になってしまうからね。

  

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