第212話 デリンダート復讐戦


 前衛部隊が崩れてしまえば、あとはグリンウッド軍の本隊まで一直線だ。

 アレクサンドラ隊は速度を落とすこともなく突進する。


 本来であれば、そこを空白にしてはいけない。

 左右両翼でもいいし他の部隊でもいいから、本隊のガードに入らなくてはならないのである。


 非情なようだがこればっかりは仕方がない。


 本隊というか司令部が潰されてしまったらおしまいだからだ。何万の軍勢だろうと指揮の統一性を失ってしまったら、草食動物の群れと変わらない。

 追い回され狩られるだけだ。


 だから司令部は守らないといけないのである。司令官はえらいからって理由じゃないよ?


 しかし、このときのグリンウッド軍は完全に烏合の衆に成り下がっていた。 逃げ出す者、棒立ちの者、あるいは勝手に戦闘を始める者。中級指揮官の指示なんか誰も聞いていない感じである。


「本隊および両翼も前進。前衛部隊の後ろに敵が食いつかないように間を詰めろ」


 俺の指示に従い、連合軍が前進を始める。

 整然と隊伍を乱すことなく。


 いやあ、ラクで良いなぁ。スペンシル軍もインゴルスタ軍も練度が高くて、しかも部隊指揮官が優秀だから、俺は方針を伝えるだけで良いんだもん。

 あとはせいぜい、油断するなと訓令するくらいかな。

 

「軍師ライオネル。アレクたちがもうあんなところまで」

 

 喜色を浮かべ、女王が手を拍く。

 温王なんて呼ばれるくらい穏やかで優しい人だけど、敵兵に同情するほどの偽善は持ち合わせていない。

 

 自分を監禁し、衣服まで剥ぎ取るという恥辱を与えてくれた国だもの。

 皆殺しにしろって命令しないだけでも、ピリム女王は温情があると思うよ。

 

 その女王の視線の先では、前衛部隊がグリンウッド軍本隊に襲いかかっていた。

 さすがにここには精鋭を集めているんだろう。一撃で粉砕するってわけにはいかない。

 

 完全武装の騎士たちがアスカとアレクサンドラの前に立ち塞がる。

 おそらくイノールの直営部隊だ。

 

 アスカが大鷲のように襲いかかる。

 ここまで音は届かないけどきっと名乗りがあったんだろう。

 

 受け止めた騎士だけど、五合も打ち合うと防戦一方に追い込まれ、十合に及ばず斬り倒された。

 

 アレクサンドラの方はもっと身も蓋もない。

 掬い上げるような逆袈裟の一撃が、構えた盾ごと騎士の身体を切り裂いた。 ぽーん、と、冗談みたいな勢いで両断された上半身が飛んでいく。

 

 雷帝の斧のものかアレクサンドラ自身のものか、威力が頭おかしすぎる。

 ていうかあの攻撃を、アスカは難なく受けてたんだよな。何度も何度も。あいつもかなりおかしいぜ。

 

 次々に立ちはだかる騎士を、歩調を弛めることなく倒していく二人。

 味方は畏敬をもって、敵は恐怖に震えながら見つめる。

 

 やがて、英雄たちの前に立派な房飾りのついた兜をかぶった騎士が現れた。あれがたぶんイノール将軍かな? アスカがすっとアレクサンドラに道を譲る。

 

 おおう。アスカも大人になったなぁ。

 昔だったら、「大将首だ! いただきー!」とかいって突っ込んでいっただろうに。

 僚友の気持ちを汲んで一騎打ちを譲るなんて、お母ちゃんとっても嬉しいよ。


 イノールとアレクサンドラがなにか怒鳴りあってるっぽいけど、やはりここまで声は届かない。

 

 ミリアリアがいたら集音の魔法で声を拾えたと思うけど、そんなしょうもないことのために貴重な魔法戦力を楼車の上にあげるのは馬鹿すぎる。

 メイシャは負傷者の治療で、ミリアリアは前戦への支援で、それぞれ多忙を極めてるのだから。

 

 イノールが乗騎に拍車をかけ、アレクサンドラへと迫る。

 突き出された槍を無造作に切り払い、返す刀でバトルアックスを振り上げた。


 うっわ……。

 あのバケモノ、馬とイノールを真っ二つにしやがった……。  


 馬の胴体の真下から入った雷帝の斧が、前傾姿勢だったイノールの胴体をも切り裂いて真上へと抜け、伸び上がるような一撃のあと、くるりとまわったアレクサンドラが着地する。

 馬と人間の血が雨のように大地を叩いた。

 

 たしかにイノールの腕はたいしたことなかったけど、それにしたってアレクサンドラの膂力が桁違いすぎる。

 

 俺の月光なら受けられるとは思うんだけど、そのままぽーんと飛ばされてしまいそうだ。あの一撃は。

 

 ともあれ一騎打ちの決着は、グリンウッド軍全軍の崩壊を意味した。

 まして、あの勝ち方だからね。

 

 敵兵たちの勇気は完全に潰える。

 絶叫をあげて逃げ出す者が相次いだ。

 

「勝利です。女王陛下。追撃はどうなさいますか?」

「ほどほどに追ってください。深追いは無用です」

「承知しました」

 

 女王の言葉に俺は頷き。伝声管に口を近づける。

 

「掃討戦に移行する。逃げる敵の正面に立たないように留意しつつ、背中を小突き回してやれ」

 

 逃げ道を塞いでしまうと必死の反撃にあってしまう。

 こちらに損害が出ないよう後ろから攻撃してやるのが正解だ。まあ、逃がしちゃってもべつに良いんだけど、少しでも敵の戦力を削いでおいた方が戦後交渉も有利になるしね。


「小突き回すって。ひどい命令ですね」


 女王ピリムがくすくすと笑う。

 良い笑顔、だと思った。


 グリンウッドの虜囚となってから三ヶ月。口には出さないけど、そりゃあ悔しかっただろう。ようやく女王は恥を雪いだのである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る