第210話 救出


 話は一気に簡単になった。

 ロクシタンが王城の見取り図を提供してくれたからである。あと、おそらく女王ピリムが囚われているであろう予測位置と。


 王宮勤めの兵士や侍女などから話を聞き出し、二ヶ月以上の時間をかけて彼と彼のスタッフが作り上げた宝物である。

 まさに俺たちが求めていたものだ。


「しかし、これだけでは如何ともしがたく。王城の警備は……」

「問題ありません。容易いことです。俺たち『希望』にとってはね」


 そういって、俺たちは救出作戦をスタートさせた。


 あ、そうだ。

 彼はインゴルスタ王国の政治家で、けっこうえらい人らしい。

 リリエンと面識があった。

 俺たちを連れてきた彼女に、もう抱きつかんばかりに感謝していたよ。


「じゃあ~ いくよお」


 のへーっと言って、サリエリが不可視インビジブルの魔法を使う。


「おお!? これは!」

「マスル王国で開発された魔法で、使える者はほとんどいませんし、そもそも存在を知っている人もグリンウッドにはいないでしょう。これが俺たちの奥の手です」


 驚き、あさっての方向を探すロクシタンに、安心させるように告げる。


「ていうかぁ、喋っちゃったら台無しじゃん~」


 まったく迫力のない口調でサリエリに怒られた。

 消えている俺たち自身は、お互いの姿が見えているからね。

 ここからは口ではなくハンドサインでの指示出しになる。


「よろしくお願いいたします」


 相変わらずあさっての方角に頭を下げるロクシタンを拠点の宿に残し、俺たちは一路王城を目指した。

 作戦スタートである。





 といっても、べつに難しいことはなにもない。

 グリンウッド兵に俺たちの姿は見えないのだ。

 門も廊下も通り放題である。


 たまに鍵のかかった扉があっても、そんなものはすいすいとメグが解錠しちゃう。

 宿屋を出てから一刻(二時間)ほどで、女王が監禁されているはずの塔の一角までやってきた。


 見張りの兵は二人。

 ここで正解だろう。ただの部屋なら見張りが立つわけがないからね。

 俺はくいくとハンドサインで指示する。


精神破壊マインドブラスト


 頷いて前に出たミリアリアが杖をかざす。

 その瞬間、兵たちの目から光が消えた。


 すべての知性を奪い、呼吸する以外の自発的な行動を取れなくするというえげつない魔法である。


 哀れな兵士たちは、これでもう言葉も判らない、座り方も判らない、トイレの行き方も判らない生き人形と化した。

 食事の取り方も判らないから、放っておいたら死んでしまうが、魔法は半日(十二時間)で解けるため、さすがに死には至らないだろう。


 死ぬとしたら、女王を逃がしてしまった責を問われて処刑される感じかな。


 すっと兵士に近寄ったメグが手早くボディチェックして、かるく肩をすくめたあと扉の解錠を始める。

 見張りの兵士にすらカギを持たせてない徹底ぶりだ。


 リリエンが、持参した服をぎゅっと握りしめる。

 インゴルスタに女王ピリムの衣服が送られてきたことから、全裸のまま監禁されている可能性があるのだ。


 かちりと錠の開く音。

 罠がないか手早くチェックしたメグが、にやりと笑って警報装置を無効化する。

 韋駄天メグにかかれば、錠も罠も何の意味も成さない。


 部屋の中に素早く身体を滑り込ませた俺たちは、すぐに全方位を警戒しながら内部を確認した。


 勝手に開いた扉に驚きながら、ドワーフの女性が椅子から立ち上がる。

 全裸ではない。

 全裸ではないが、下働きのようなみすぼらしい服を着ていた。


「ピリム様!」


 矢も盾もたまらずにリリエンが叫んでしまう。


 大きく目を見開いた女王ピリムがきょろきょろと周囲を見渡している。

 すぐにサリエリが不可視インビジブルの魔法を解除し、俺たち八人の姿が女王の目に映った。


「ピリム様!!」

「リリエン!? どうやってここまで!」


 思い切り抱きついた少女を、女王が抱きとめる。


「事情の説明はあとで。すぐに脱出のご用意を」


 感動の再会に水を差すようで申し訳ないが、あまりゆっくりもしていられないのだ。

 見張りの交代時間がきたら、すぐに侵入に気づかれてしまうのだから。


「ピリム様。こちらの服にお着替えください。やつら、一国の王たる方になんという非礼を」

「裸でいるよりはマシですけどね。全裸でここに放り込まれたわたくしを、哀れに思った下働きの娘が自分の服をくれたのです」

「餓狼の群れの中にも、まだ一握の良心をもったものがいましたか」


 グリンウッド王国の全員が全員、鬼畜ってわけじゃない。

 とくに若い女性にからすれば、同性が無意味に虐待されているのを見るのは、あまり気持ちの良いものではないだろう。


 しかも、自分の服を差し出すというのはなかなか機転が利いている。


 普通の服を着せるように懇願したところで通るわけがないが、みすぼらしい下女の服であれば咎められない。

 女王ともあろうものが惨めなことだ、と、より辱めを与えられるからだ。


「その娘に感謝を伝えたいところですが、それは後日のこととした方がよろしいですね」

「ご理解いただけて光栄です」


 俺がサリエリに視線を送ると、ふたたび全員の姿が消える。

 もちろん女王ピリムも含めて。


「よし。脱出だ」


 王城だけでなく、このまま王都も脱出し、森の中に隠してあるジークフリート号まで駆けるのだ。

 ロクシタンたちも森の近くでうろうろしているはずだからそこで合流である。

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