第209話 そのためにきたんだよ


「ネルダンさん。気づいてるスか?」


 メグが話しかけてきた。

 目は依頼掲示板を見つめたまま、口もほとんど動かさず、俺にだけ聞こえるような声で。

 彼女の、というか盗賊ギルドの連中の技能らしい。


 ちらっとだけ俺はメグに視線を送る。

 判っているという意思表示だ。


 さすがに俺には口をほとんど動かさずに喋るなんていう芸当は無理だからね。


 ともかく、俺たちを見ている者がいる。

 悪意や敵意は感じないが、あきらかに俺たちに向けられた意識だ。


 さて、どうするかな。

 ただ単に、見慣れない顔だな他所の街の冒険者か、とか思って見てるんだったら、べつに放置で良いんだけどね。


「飯でも食いに行くか」


 そういってメグに腕を差し出す。

 ここはカップル冒険者のふりで、誘い出してみますかね。


「照れるス」


 ちょっと頬を赤らめながら俺の腕にしがみつくメグだった。

 そこまでくっつかれると、戦いづらいぞい。

 普通に手を繋ぐとかじゃダメだったのかね?






 庶民が入るには少しばかり躊躇っちゃう程度の格式グレードの店に入る。

 メシ屋というよりレストランといった方が良いような、と表現すれば理解しやすいだろうか。


 冒険者風情がと思いっきり顔に書いてあるドアマンは、多めのチップでひらりと手のひらを返してくれた。


「ゆーて渡しすぎス。あれ一ヶ月の給料より多いんじゃないスか?」

「バカな冒険者が一山当てて調子に乗ってる、くらいに思われた方がいいからな」


 案内された席に座る。

 ちゃんとウェイターが椅子を引いてくれるんだぜ。

 もちろん彼にもチップを渡しておく。


「もしかしたら、俺たちに用があるって客がくるかもしれない」


 と言い含めてね。

 まあ、追ってこないならこないで問題ないんだけど。


 一般的な冒険者が入らないような店を選んだのは、もちろんふるい分けスクリーニングのため。

 ここまでついてくるなら、相手はそれなりの階級の人間。ついてこないで外で待ち伏せるなら普通の冒険者。そもそも追ってきてないなら、まったく無関係の人ってことになる。


「なんでも好きなもの食って良いぞ」

「そのセリフで喜ぶのはメイシャだけスよ」


 苦笑いしながらメグがメニューを選んでいく。

 彼女は『希望』の情報収集担当だから、高級店でのマナーなんかも勉強したんだ。

 最初の頃は、こんな店入れないスと駄々をこねてたもんだけどね。


「なに思い出し笑いしてるんスか。気色悪い」

「ひどいな。せめて気持ち悪いくらいにしておいてくれ」

「違いがわからないスよ」

「言われたときのダメージが、ほんの少しだけ違うんだ」


 親指と人差し指でちっちゃなスキマを作ってみせる。

 やがて運ばれてきた料理とともに軽い会話を楽しんでいると、ウェイターがやってきた。

 お連れ様がおつきです、とね。


 同じ席に案内してくれるように頼み、メグに視線を向ける。

 さあ、どういった「お連れ様」かな。


「お初にお目にかかります。私のことはロクシタンとお呼びいただけると幸いです」


 俺たちのテーブルに案内されてきたのは、三十代とおぼしき紳士だった。

 銀の髪を綺麗に撫でつけ、青い瞳は静謐をたたえている。


「ここまでついてきたということは、並々ならぬ要件なんでしょうね」


 俺は手振りで椅子を勧めた。

 そうしないといつまでも立ってそうな雰囲気だったから。


「あなた様も、お連れ様も、よほどの手練れとお見受けしました。凡百の冒険者など足元にも及ばないような」

「さて、どうでしょうか。並よりは上ではないかと思っていますが」


 にこりと笑って見せる。


「率直に申し上げます。私はとある人物の代理人でして、腕の立つ冒険者を探しているのです。しかも早急に」


 韜晦や謙遜に付き合う余裕はないのだと表情が語っている。


 すごいな。たぶんこの人は交渉ごとの専門家なのに、そこまで焦って話を進めようとするなんて。


 これはよほどのことだ。

 王都フォリスタで、おそらく地位のある人が腕の立つ冒険者を探している。


 こいつは当たりを引いたかな。


「まずは仕事の種類を訊いて良いですか? 討伐か、探索か」

「なぜ先に種類を?」

「あるいは、救出か」

「……っ!?」


 ロクシタンが目を見開いた。

 失敗した、と、彼が身構えるより早く、俺は踏み込む。


「リリエンという名の少女の依頼で俺たちは動いています。目的はある人物を助け出すこと」

「……まさか……あなた方は……」


「申し遅れました。俺の名はライオネル。冒険者クラン『希望』のリーダーです」

「オレはこの人の護衛で、メグというス」


 名乗る。

 いやいやメグさんや、あなたはお母さんの護衛じゃないでしょ。

 私の方が強いでしょ。


 その瞬間、ロクシタンはテーブルに崩れるようにして両手を組んだ。

 まるで祈りを捧げるようなポーズで。


「おお……おお……『希望』……『希望』……感謝します……神よ……」


 感極まってる。

 うまく言葉が出てこないみたいだね。


「グリンウッドの王城に潜入するのにドワーフでは目立ちすぎるから人間の冒険者を探していた。けどこれまで眼鏡に適う人物は現れなかった。外れていますか? この推理は」


 厳選に厳選を重ねているはず。

 なにしろ再度の挑戦なんかありえないから。一回で確実に成功させなくてはならないのだ。


「おおう……おおう……」

「俺たちは明日の朝、王城に潜入して女王ピリムを救出します。計画に万全を期すため情報をもらえると嬉しいのですが」


 笑顔でいった俺の左手をロクシタンが両手で握った。

 何度も何度も頷きながら。



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