第208話 潜入


 音もなく滑り出すジークフリート号。

 日もとっぷりと暮れ、星明かりだけが照らす深夜の街道を。


「そして、出発してから思いついた。侯爵から何人か兵を借りれば良かった」

「どうしたんですの? ネルママ」


 車長席に座したままため息を吐いた俺に、横に立ったメイシャが首をかしげた。


 どういうわけか彼女は落ち着いて席に座っていることがあんまりなく、ふらふらと車内で遊んでいることが多い。

 まあ、運行に必要な部署にはメイシャのポジションがないから暇なんだろうけど。


 今日の操縦手はアスカ、観測手はミリアリアで、メグ、サリエリ、ユウギリ、リリエンの四人は客席で休んでいる。


「フォリスタに着いてからさ。ジークフリートをどこかに隠すんじゃなくて、操縦させていったん遠ざけておくって手もあったなあ、と」


 隠す手間や、そこまで女王を連れて行くという苦労を考えたら、どこかで待機させておいて時間になったら迎えにくるという手の方がいい気がする。

 まったく、阿呆の知恵はあとから出るってやつだなぁ。


「そうでしょうか? 時間を決めてしまうと、不測の事態が起きたとき焦ることになってしまうと思いますわ」


 俺の鞄からおやつを取り出しながらメイシャが言う。

 うん。

 まるで呼吸するように食料を奪っていくわね。あなた。


「たしかにそういう側面はあるかもな」


 すべてが予定通りに進むとは限らない。むしろ、予定通りに進まないケースの方が多いだろう。


 時間通りに待ち合わせ場所に辿り着けない、なんてことになったらジークフリートを預けている兵士たちが焦っておかしな行動を取ってしまう可能性だってある。


「すでに計画は動き出してますわ。どうでも良いことを悩んでしまうのは、いつものネルママですけど」

「俺のおやつをメイシャが奪うのもいつものことだしな」


 くすりと笑いあう。


「うぉっほん!」

「いちゃいちゃ禁止ですよ!」


 操縦席からわざとらしい咳払いと、観測席から苦情が飛んできた。

 いちゃいちゃなんてしてないじゃん。

 鞄から食料を奪われただけじゃん。


 ひどい言いがかりだよ。






 深夜の間だけ街道を走り、空が白み始める前に森などに隠れる。

 宿場にも寄らないし、グリンウッド王国の街にも立ち寄らない。

 食料や水はすべて持ち込んだものを使い、休息は座席を組み替えて作った寝台で取る。


「安宿に泊まるよりはるかに快適です」


 とは、はじめてフロートトレインに乗ったリリエンの感想だ。

 最初は怯えていたものの、乗ってしまえばこれ以上快適な旅はない。


「ちゃんとトイレがあるのも良いですし」


 垂れ流しだけどね。

 排泄物は街道に置き去りにされてるだけだけどね。


 ともあれ、夜の間だけ旅をして、三日目にはフォリスタの至近にまで到達した。

 さすがの快速である。


 真夜中、風のように駆ける巨大なオロチはそのうち伝説になるかもしれない。まったく誰も目撃しなかったってことはないだろうし。


「そしてここからが本番だ」


 俺はぐるりと仲間たちを見渡す。


 潜入そのものは難しくない。

 サリエリの姿隠しインビジブルの魔法で消えてしまえば、誰にも見咎められることはないから。


 ただ、王城のどこに捕らわれているかという情報は欲しい。


「うちの魔法もお、この人数で使ったら三刻(六時間)くらいしかもたないしぃ。無駄にうろうろしてたら解けちゃうのぉ」


 サリエリの注意喚起に俺は頷いた。


「夜が明けたら旅人を装ってフォリスタに入るぞ。二人一組で情報を集めて夜に整理。で、集まった情報にかかわらず翌朝仕掛ける」


 俺の言葉に全員が頷く。

 どの程度の情報が集まったら、とかやっていたらいつまでも救出作戦を実行できない。

 限られた時間の中で可能な限り集めるという方針だ。


 アスカとリリエンは旅の武芸者という感じで、兵士たちに接触を図る。


 メイシャとミリアリアのコンビは至高神教会と魔術協会をまわり、宮廷神官や宮廷魔導師あたりから流れてきた噂を拾う。


 サリエリとユウギリは観光客おのぼりさんとして酒場などで市井の噂を集める。


「メグは俺と一緒に冒険者ギルトだ。冒険者連中から話を聞こう」

「了解ス」


 頷いたメグが、すっごいドヤ顔をした。

 なにさその顔。


 そしてなんで、リリエンとユウギリを除いたみんなは親指を下にして唇を尖らせてるのさ。

 ぶーぶーって、なんのブーイングだよ。

 娘たちは、たまにわけのわからない遊びを始めるよね。


 そして、夜明けとともに俺たちは行動を開始する。

 ジークフリートを近くの森に隠して。






 王都フォリスタは一国の都として恥ずかしくないくらいの賑わいだ。

 国が戦争をやってたって、民にはあんまり関係ないしね。

 戦場近くの住民が避難する程度で、攻め込んでる国の王都なんて平和なモノさ。


「むしろ戦争特需で潤ってる商人もいるだろうしな」

「血を流す者もいれば、流れた血を飲んで肥える者もいるってことスね」


 メグが悪意の抑揚を言葉に込める。

 俺たち孤児の多くは、戦争から産み落とされたようなもんだからね。

 戦争で儲けようって連中を、手放して褒める気にはなれないだろう。

 俺はぽんとメグの頭に手を置いた。


「行くか」


 余計なことを言わずに、冒険者ギルドの建物に視線を送る。

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