第207話 不可能作戦


 リリエンの天賦は鷹の目ホークアイ。獲物を追う狩人なんかに向いた天賦であり、あるいは真実を見抜くって意味で聖職者なんかにも向いてたりする。


 ちなみに彼女のジョブは戦士ウォーリアだ。

 ここまで天賦の適性を無視したジョブ選びも珍しい。


 戦士が隠形を見破ったり、獲物のちょっとした動きから次の行動を読み取る眼力をもっててどうするよ。


 もっとも、天賦は自分で選べないけどジョブは自分で決められるからね。

 文官とか軍属官僚になるのに向いた軍師なんて天賦があったのに、剣士ソードマンになったやつもいる。


 自分の道だもの、至高神が示す才能の道しるべに従わなくてはいけないなんて法はない。

 才能の足りない分は努力で補えば良いことだしね。


「自分、アレク様に憧れて軍に入ったんです」


 ぽつりと言うリリエン。

 そういう気持ちはよく判る。俺は親友の隣に立ちたくて剣士になったからね。


「ぜんぜん足引っ張りでしたけど。あんなにつらそうに戦うアレク様は初めて見ました。そして、もう二度と見たくないんです」


 太陽のように明るく、戦場にあっても豪快に笑っていたアレクサンドラは、この戦争が始まってからずっと唇を引き結んでいた。


 アスカとの一騎打ちのときくらいらしい。生き生きとした姿を見せたのは。

 勇敵との戦いに心が躍るのは武人の本能のようなものだからね。


 けど、それ以外の時間はずっと苦しそうだった。

 意に沿わぬ、まったく国益とは関係のない戦いに兵たちを駆り立てねばならないこと。グリンウッドに捕らわれた女王ピリムのこと。それらがずっと彼女の肩に重くのしかかっていたからである。


「リリエン。正直に言って状況は良くない。おそらく次の戦いで、グリンウッドはインゴルスタに大規模な攻勢を命じると思うんだ」


 俺の言葉は、リリエンだけでなくスペンシル侯爵にも聞かせるためのものだ。


 現状はあまり楽観できない。

 インゴルスタ軍はおそらく全軍をあげて攻勢に出るだろう。いままでのような時間を稼ぎながら兵の損耗をおさえるという戦い方ではなく、スペンシル軍を撃滅しようと戦うはずだ。


 そうしなければ、おそらくグリンウッドの司令官が納得しない。

 自軍だけ大きな損害があるってのが我慢できないだろうから。


「で、本気で向かってくる以上、スペンシル軍だって本気で応戦しないといけない。そうしないと負けてしまうからだ」


 二万のインゴルスタ軍と三万のスペンシル軍の正面決戦である。

 膨大な数の戦死者が出るだろう。


 そうなったら地獄だ。

 両軍ともに相手に対する憎悪が生まれてしまう。


「だから、そうなる前に女王ピリムを救出し、彼女の口から豪腕アレクサンドラに戦闘中止を命令してもらうしかない」


 時間との戦いだ。

 リリエンがうつむく。


 スペンシルの街からグリンウッドの王都フォリスタまで、徒歩なら七日はかかるのだ。

 そこから女王を救出し、またスペンシルまでまで戻ってくる。

 少なく見積もっても十八日は必要だ。


 それではとうてい間に合わない。

 十日後くらいには進軍を開始するだろうから。


「いや、お母さん。そもそも女王を無事に救出できるかという問題もあるぞ」

「侯爵閣下。そこは心配には及びません。『希望』にはリントライトの王城に捕らわれた俺を救出した実績がありますから」


 俺が侯爵に笑いかけるとメグも微笑した。

 彼女も救出作戦の立役者だからね。


「なので、十日以内にフォリスタまで行って女王を助けてスペンシルに戻ってくるって作戦になる」

「不可能作戦じゃないですか!?」


 目を剥くドワーフの少女。


「いつものことスよ。リリエン。オレたちはいっつもこんな作戦を成功させてきたんスよ」

「メグどん……」


 安心させるように肩に手を置いたメグを、眩げにリリエンが見つめる。

 絵になるシーンだけど、ドワーフ方言の敬称が台無しにしてるなあ、などとどうでも良いことを考える俺であった。







 徒歩で七日の距離ならば、ジークフリート号の最高速なら一日で駆けることができる。

 これが『希望』の奥の手だ。


「最初から最後までフルスロットルで走ることができれば、ですけどね」


 事情を聞き終えたミリアリアが苦笑する。

 官舎に場所を移しての作戦会議だ。


 スペンシル侯爵からは行動の自由をもらった。ここからは俺たちの仕事である。

 大人数でぞろぞろと救出作戦をおこなうより、『希望』の七人とリリエンだけで動いた方が小回りも利くからね。


 どうしてリリエン同行させるかといえば、女王ピリムの顔を知っているのは彼女だけだからだ。


 俺たちはもちろん、スペンシル侯爵ですら肖像画でしか知らないらしい。

 仕方ないね。

 とくに交流のあった国ってわけでもないし。


「走るのはあ、人々が寝静まった夜中だよねぇ」


 のへーっとサリエリが言う。


 戦争をやっているとはいえ昼間の街道は人が歩いてるからね。こっち人たちはフロートトレインなんか見たこともないだろう。

 高速でかっ飛ばしていたら、人も馬車もはね飛ばしまくりだよ。


 真夜中に人知れず駆け抜けるのさ。


「オペレーションオロチだね!」


 きゃっきゃっとアスカが喜ぶ。


「おやつをたくさん積み込まないといけませんわ」


 そしてブレないメイシャ。

 もうちょっと緊張感もってもいいのよ? あなたたち。



 

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