第206話 見捨てない
部隊レベルで動いてる戦争のとき、忙しいのはサリエリやメグだ。
ミリアリアやメイシャみたいなスペルユーザーたちは護衛部隊に守られて陣の奥に入ってるし、ユウギリたち弓箭兵は最初の矢戦のあとは後方に待機する。
アスカは常に前を向いて突撃する感じ。
サリエリは部隊を率いて一翼を担ってもらうこともあるし、副官として俺の隣にいてもらうこともあるし、俺が作戦立案に手一杯のときなんかは、代わりに全軍の指揮を委ねることもある。
かなりユーティリティな動きをしてもらってるんだ。
いつもお世話になっております。
そしてメグの仕事は、俺の飛耳長目として情報を集めることである。
戦場を縦横無尽に駆け回り、敵の状況を偵察したり、味方の動きを報告したり。
ときには偽情報を敵に流したり。
こういう影働きの斥候たちのおかげで、俺は全体像を把握しながら指揮を執れるのだ。
本当に、いつもお世話になっております。
そのメグが、情報収集中にトラブルに見舞われた。
なんと敵兵に組み付かれてしまったのである。
隠形している彼女に組み付くなんてそうそうできることじゃないし、敵陣の中でそんなことになったら終わりだ。
身の軽さ活かした体術や抜群のナイフさばきで数々の武勲を立てているメグだけど、肉弾戦となったらドワーフ戦士の足元にも及ばない。
もはやこれまでと覚悟を定めたとき、敵兵に話しかけられたのである。
「
と。
リリエン。
赤茶けた色の髪と、メグのそれよりさらに深い赤の瞳をもったドワーフの女戦士だ。
まだ数え十六(満十五歳)で少女といっていい年齢なのだが、正直ドワーフ族は大人も子供も見分けがつかない。
激戦のさなかに話もへったくれもないものだが、メグはリリエンのただならぬ様子から、これは俺に報告すべき事案だと考え、一緒に戦場を離れた。
そして彼女を自分の幕舎に隠したのである。
うん。勝手に捕虜を取ってるんだから思いっきり軍規違反だけど、そんなことは問題にならないほど重要な情報をリリエンはもたらしてくれた。
「まさかグリンウッド・インゴルスタ同盟の裏側に、そんな事情があったとはな……」
密かに招じ入れられたリリエンから話を聞き、スペンシル侯爵は大きく嘆息した。
なんとグリンウッドは親善のために訪れていたインゴルスタ王国の女王ピリムを捕らえ、監禁してしまったのである。
外交交渉の使者を傷つけることすら蛮人のおこないとされるのに、親善にきた女王を監禁するとか、ちょっと開いた口が塞がらないね。
で、女王を人質に取られたインゴルスタは、数々の屈辱的な条約を飲まされた。
スペンシル侵攻の合力も、もちろんその一環である。
まあ合力っていうより、矢面に立たせてる感じかな。
「けどこれで合点がいきましたよ。侯爵閣下。インゴルスタ軍がどうして消極的だったのか」
「そうだな。お母さん。義理立ての出兵だ」
「それだけに、グリンウッドはインゴルスタ軍を使い潰そうとするでしょうね」
俺は腕を組んだ。
次の戦いあたりが危ない。
グリンウッド軍は二千以上の損害を出しちゃってるからね。これ以上はまずいと考える目算が高いだろう。
「どうか、どうかお願いします。女王陛下をお救いください。アレク将軍をお助けください」
リリエンが平伏し、床に頭をこすりつける。
「『
メグが言った。
本当に薄弱な根拠だ。
噂を信じるより、はるかに悪いだろう。
吟遊詩人が歌うサーガなんて、八割くらいが創作なんだから。
困ってる人なら誰でも助けるなんて、それは冒険者じゃないだろう。万民に愛を解く聖職者とか、そういう連中の仕事だ。
「だけど、自分の命も省みずに敵兵に接触し、敵将の前で土下座までして主君を助けてほしいと願う女の子に向けて閉ざすドアを、俺はもっていない。侯爵閣下はどうです?」
「皆まで言うな。お母さん。グリンウッドの餓狼どもは文字通り獣だったということよ。一国の女王を監禁して服を剥ぎとるなど、およそ文明人の所業ではないわ」
侯爵と頷き合い、俺はリリエンを立たせてやる。
「安心してくれ。君の依頼は『希望』がたしかに承った」
「ありがと……ございまぶ……」
涙と鼻水で少女の顔がぐちゃぐちゃになる。
緊張の糸が切れたんだろうね。
一縷の、本当に一縷の望みをかけてメグに抱きついたんだろうし。
その時点で交渉が上手くいく可能性なんてほぼゼロだ。会ったこともない相手に、叙事詩だけを根拠にして頼るんだからね。
仮にメグが話を聴いてくれたとしても、俺やスペンシル侯爵に突っぱねられる可能性だって低くなかった。
なにしろ戦争は国の大事だからね。
一個人がどうこうできる部分なんてほとんどない。
「ネルダンさんは困ってる女子を見捨てないス。言った通りだったでしょス」
「メグどぉぉぉぉぉんっ」
ぽんぽんとリリエンの頭を撫でるメグだった。
身長差的に姉妹みたい。
体型はぜんぜん違うけど瞳の色は似てるし。
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