第203話 双頭の蛇


 一撃でグリンウッド軍の防御を打ち砕いたスペンシル軍は、そのまま中央を突破して後背に抜けた。


 信じられないだろ? どっちも兵力は五千で拮抗してしたんだぜ。

 それなのにここまで一方的な展開になってしまったのは、グリンウッド軍が愚かだから。


 こっちが紡錘陣形になったのに、そのまま凸形陣で受けたらそりゃこうなるよ。

 一点集中で兵力を叩きつけてるのに対して、左右両翼に遊兵を作ってしまってるんだもの。突破してくださいっていってるようなものである。


 中央部で堅く受け止めつつ両翼を動かして左右から挟み込むとか、打てる手はいくらでもあるんだけどなぁ。

 まあ、俺たちが想定通りに動かないから混乱してしまったってことなんだろうけどね。


「距離を稼いだら反転するぞ。再突撃してグリンウッド軍にとどめを刺す」


 興奮する馬のくびを手綱をもった左手で撫でながら短期的な指示を出す。

 インゴルスタ軍の指揮官がグリンウッド軍と合流を決意する前に、できればとどめを刺してしまいたい。


 それが成功すれば、グリンウッド軍の敗勢に巻き込まれるかたちでインゴルスタ軍も後退を余儀なくされるだろう。


「報告! 報告! インゴルスタ軍が割り込んできたス!」


 駆けてきたメグが息を弾ませながら報告してくれる。

 彼女をはじめとした二百人あまりの斥候が戦場を走り回っているのだ。情報を集めたり、伝令役を務めたりするために。


「え? なんで?」


 俺の返答は、間抜けを絵に描いたようなものだったろう。


「理由はわからないス」

「すまん。報告を続けてくれ」


 メグに軽く頭を下げる。理由を推察するのは俺の仕事だ。

 彼女は見たものや聞いたことを正確に伝えてくれているだけ。


 馬から下りて広げた戦略地図に駒を置く。

 自軍、グリンウッド軍、インゴルスタ軍の位置関係を平面的に確認するためだ。


「グリンウッド軍はぼろぼろス。再編もいま手をつけたばっかりって感じスね」

「そうか」


 想定以上のダメージを与えることができたらしい。

 再編に手一杯なら、ここでもう一撃お見舞いすれば完全崩壊に追い込めるだろう。


「それをさせないために、インゴルスタ軍が動いたって感じかな」

「そうス。こんな感じで」


 メグがインゴルスタ軍の配置を指で示す。


「長蛇の陣……だと……?」


 横から地図をのぞき込んだハサールが目を丸くした。


 完全に移動用の陣形である。

 攻撃にも防御にも適していないため戦闘には使えないが、とにかく高速で移動したいときに用いられるのだ。


 ていうか戦場では使わないよね。普通に考えて。


「そうまでしてグリンウッド軍を守るのか。ちょっと意味が判らないな」


 もちろんそれだけ強固な同盟関係があるということなのだろうが、すこしばかり現実味がない。

 つい先日らしいんだもの。同盟を結んだのは。


「いかがなさいますか? ライオネル殿」

「いかがするもなにも、インゴルスタ軍を蹴散らしてグリンウッド軍を潰す手でしょうね」


 身を挺して守ろうというインゴルスタ軍の意気に感じ入って、攻勢を断念するというわけにはいかない。

 そもそも、この戦場だけに限定していっても敵の方が多いのだ。

 手心を加える余裕なんかない。





 やがて、陣を反転させたスペンシル軍がインゴルスタ軍の横腹をめがけて突進を開始する。


 長蛇の陣というのは一度組んでしまえば再編が難しい。

 なにしろ列になって走るためだけの陣形だから。


「接敵! しかし突破できません!」


 意味不明な報告が届く。

 スペンシル軍の突撃、なんとインゴルスタ軍は柔らかく受け止めたというのだ。


「ばかな! そんなことができるはずがない!」

「敵は長蛇の陣なんだぞ!」


 ハサールとザッシマが叫ぶ。


 まさか。

 こいつは。

 もしかして。


「やられました。インゴルスタの陣形は、蛇は蛇でも長蛇ではなく双頭の蛇だったようです」


 俺は無念の臍をかんだ。

 完全に読み違いである。


 グリンウッド軍が策に溺れるような間抜けだったから、インゴルスタも同程度の戦術能力しかないと思ってしまった。


「双頭の……」

「蛇……」


 言葉を詰まらせるスペンシルの騎士たち。


 その視線のはるか先。

 蛇の頭だと思っていたインゴルスタ軍先頭部隊と、尾だと思い込まされていたもう一つの頭、最後尾部隊が動いた。


 鎌首をもたげた蛇が、獲物に襲いかかるように。


「ライオネル殿! 後退を! このままでは包囲されますぞ!」

「落ち着いてください。ザッシマ卿。紡錘陣形のままで後退などできません」


 紡錘陣形の弱点は、横や後ろが弱いことである。

 このまま下がろうとしても速度は出ないし、脆弱な部分に食らいつかれておしまいだろう。


「ではいかがする!?」

「前進するしかありません」


 俺はぺろりと唇を湿らせる。

 停滞すれば包囲されて袋叩き。後退すれば弱い部分からごりごりと削られる。となれば、一番強い場所を叩きつけるしかない。


「蛇の胴体を切り裂く。それが唯一の活路です」

「な……なるほど……」


 蒼白になった顔色でザッシマが頷く。

 自信満々な俺の姿を見て落ち着きを取り戻してくれたようだ。


 じつは俺にも万全の自信があるわけじゃないけどね。

 仕方がない。指揮官ってのはやばいと思っても顔に出してはいけないのである。


「いくぞ! 我に続け!!」


 乗騎に拍車をくれ、月光を振りかざして俺は駆け出した。

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