第202話 策に溺れたね
グリンウッド軍は凸形陣。その横に布陣するインゴルスタ軍も凸形陣。
うん。
やっぱりどっかで見た状況だね。
リントライト王国軍とドロス伯爵軍の決戦となったアスピム平原の戦いとそっくり同じ布陣だ。
「まさか敵がライオネル殿と同じ戦法を使うとは。いかがなさいますか?」
話しかけてきたのはハサールという、スペンシル侯爵の信任も厚い騎士である。
「ていうか、あれってそんなに有名なんですか?」
自分のことが歌われてる叙事詩なんて聴く趣味はないので、吟遊詩人が酒場に現れたら、俺は席を立っちゃうことが多い。
喜んで聴くのはアスカ、ミリアリア、メイシャの三人娘ね。
むしろあいつらは吟遊詩人と一緒になって歌ったり、ポーズとかつけて場を沸かせたりしている。
目立つの大好きだから。
「むしろ軍人たちはあきらかに脚色された神殺しや悪魔殺しの説話より、こういう軍記を好みますよ。かくいう私も」
にかっと笑う。
爽やかな人だ。
武勇にも優れてるし、きっとモテるんだろうなぁ。羨ましい限りです。
「そして非常に興味深くもあります。軍神ライオネルの計略は、はたして軍神ライオネルに通用するのか」
目を輝かせてるよ。
うーん。
夢を砕くようなことをいっちゃっていいんだろうか。
「落ち着いてください。ハサール卿。二つ横並びした凸形陣なんて、怖くもなんともないですよ」
「いやいやまさか……、あれ? ちょっと待てよ。いわれてみればたしかに……もしこう動かしたら……」
右手が見えない戦略地図の上を滑る。
脳内でシミュレートしているのだろう。
「……ライオネル殿。間違っていたら遠慮なく言ってくれ。あんな布陣の仕方はまったくもって不合理だ。グリンウッド軍とインゴルスタ軍をごちゃ混ぜにして凸形陣を形成した方がまだマシなくらいだ」
首を振りつつ言うハサール。
自分が辿り着いてしまった結論が信じられないのだろう。
「正解ですよ、ハサール卿。凸形を二つ並べるなんてバカのやることです。あんなふうに配置してしまったら、攻撃も移動もままなりません」
俺は笑って応えた。
「だよな! よかった! 私がおかしいのかと思った。しかし、どうして私はあんなものを怖れたのか……」
「アレで華々しく勝ちましたからね。とんでもない必殺技みたいに認識されてしまったんですよ。宣伝の結果として」
二つの凸形陣を使ってリントライト軍を倒したのは、戦術というより心理戦の部分が大きい。
ガイリアとマスルの連携が悪いためちゃんとした陣形を取れない、と、敵に思わせた。そしてそれを補強するように味方同士で罵り合ったりもした。
結局、人は見たいモノしか見ないから。
俺はリントライト軍のゴザック将軍が納得しやすい結論を用意してやっただけなのである。
「奇策で勝つと、それがすごい戦術のようにみえますけどね。実際は使える局面って限定されますし、二回も三回もは使えなかったりするんですよ」
笑いながら説明する。
その昔、軍学の勉強をしていた学校で、演習のとき奇策を使って勝ったやつもいたんだよなぁ。
いきなり全戦力を集中して相手の補給線を破壊し、あとは自陣に籠もって防戦に徹するって手ね。
それで勝っちゃった。
あれには俺も、そういう戦い方があるのかって目から鱗だったけど、そのあと同じ手を使った連中はことごとく負けたんだ。
どうしてかっていうと、種が割れたから。
「そういう戦い方があるって判ってたら、対処法なんてなんぼでも出てきますよね」
「まったくだな。力比べをせずに、紡錘陣形で突進し、まず一方を叩きのめしながら反対側に突き抜ける。これでどうだ? ライオネル殿」
完璧だ。
付け加えるなら、ぎりぎりまで力比べをするつもりだと見せるとより良いかな。
二つの凸形陣と対峙する凸形陣。
それぞれ五千ずつだ。
徐々に相対距離が狭まっていく。
アスピム平原会戦と同じような感じだが、突如として変化が訪れた。
ゆっくりとした前進だったスペンシル軍ががくんと速度を上げたのである。
そして突進しつつ陣形を紡錘形に再編する。
「いや、見事な采配ですな。移動しながらの再編に兵どもがちゃんとついてくる」
「貴殿らの訓練のたまものでしょう。ザッシマ卿」
よく鍛えられた兵士たちだ。
結局、兵の練度によってとれる作戦の幅って決まってくるからね。
練度が低ければ低いほど、奇策に頼らないといけなくなるんだ。
逆にいえばスペンシル軍の練度なら正攻法で充分な戦果があげられるってこと。ルターニャとかもそうだね。
紡錘陣形の先頭に位置するのはアスカとサリエリ。
この二人を超えるような戦士は、大陸中を探したってそうそういないと思うよ。
「いくよ! みんな! わたしに続けぇぇぇぇぇ!!」
「一気に突破しちゃうのん~」
気合いが乗りまくった声と気が抜けまくった声が響き、先頭部隊が接敵する。
グリンウッド軍は、ほんの一瞬も足止めすることができなかった。
アスカたちの武勇がそれだけすごいってのもあるけど、最初から下がる気満々でぶつかっているせいである。
こちらの勢いが強すぎて、整然と後退するんじゃなくてただ崩されてしまったのだ。
「ようするに策に溺れたってことだ。下がるのを前提として前進するなんてバカなことをするからこうなる」
俺は乗騎の上でうそぶく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます