第201話 七宝聖剣『希望』


 三日後、宿舎にタンドルの使いがやってきた。

 剣が仕上げの段階に入ったから、最終調整にきて欲しいと。

 ずいぶんと早い。


「親方の気合いが爆発しましてね。まさに不眠不休で仕事の鬼と化してますよ」


 とは、お弟子さんの言葉である。

 俺たちは連れだって工房を訪ねた。

 全員で、という話だったし。


「遅いぞい!」


 そして怒られた。

 普通に歩いてきただけなのに。


「駆け足でこんか! 駆け足で!」


 理不尽なり。

 でも、こんな理不尽なことを言われてもみんな怒らない。どっちかっていうと苦笑いだ。


 なにしろタンドルったら煤だらけの鉄粉まみれで、何日も工房に泊まり込んで仕事をしてくれていたのが丸わかりなんだもの。


「まあ良いわ。おぬしら、この宝玉を握るが良い」


 小指の先ほどの水晶玉を渡される。

 なんだろう?


「小娘の剣じゃがな。わしも死力を尽くしたがクンネチュプアイの作を超えるほどのものは打てんかった。なんとか同格といったところじゃな」


 ごとりと台の上に長剣を置く。


 ほう、と、誰が吐息を漏らした。

 あるいは俺だったかもしれない。

 それほどに美しい剣である。


 刀身の輝き、鍔には羽ばたく鳥を意匠化したものが彫られていた。

 オラシオンよりごくわずかに短く、いまのアスカの身長にぴったり合っている感じである。


「かっこいい! すごい!!」


 アスカが手を叩いて喜ぶ。

 月光と同格というのにはなんの誇張もないように思えた。そして、タンドルはそのことにまったく満足していないことも判った。


「わしの力だけではクンネチュプアイの上にはいけぬ。じゃからおぬしらの力を上乗せすることにした」


 そういって鍔の飾りをよく見るように促す。


 くぼみがあった。

 さきほど受け取った宝玉をはめ込むのにちょうど良いくらいの大きさである。


「それ。ぐっと握るのじゃ。おぬしらの心がこの剣の力となる」


 タンドルの言葉と同時に、宝玉を握った手が光った。


 アスカの手は赤に、ミリアリアの手は緑に、メイシャの手は黄色に。

 メグの手は藍色に、サリエリの手は橙色に、ユウギリの手は紫に。

 そして俺の手は青く。


 それぞれ色を変えた宝玉を、まるで導かれるようにくぼみにはめ込んでいく。


「おぬしらの心の力をもらい、こやつは完成する」


 七つの光が、一つの白い光となって刀身に集まった。

 ひときわ強く輝き。


 やがて光が落ち着くと、宝玉は最初からそこにあるのが当たり前のように馴染んでいた。


 ぶふぅ、と、タンドルが大きく息を吐いた。

 術式が成功したらしい。


「小娘。剣を手に取るが良い。それが新しいおぬしの力じゃ」


 言われ、アスカが右手で剣を掲げる。


「すごい。全部わかる。どうやって扱えばこの子が嬉しいかまで」


 だろうな。

 俺が月光を握ったときもそうだった。

 どう扱えばいいのかすぐに判った。まるで自分の身体の一部みたいにね。


「名前! この子の名前なんていうの! 親方!」


 精も根も尽き果てたように座り込むタンドルに、アスカが勢い込んで訊ねる。


 いやいや。

 ちょっと休ませてあげなさいな。不眠不休で仕事していたんだろうから。


「名前じゃと?」


 面倒くさそうにタンドルが顔をあげる。


「他人に訊くようなものか? はなから決まっておろうが」


 そういって俺たちの顔を順番に眺めやった。


「七宝聖剣『希望』じゃよ」


 一拍の時差を置いて、その名がすとんと胸に落ちた。


 うん。

 これ以上の名前はない。


「希望。希望。うん! これから一緒にみんなを守ろうね!」


 どーんとアスカが頭上に掲げる。

 その儀式は、やっぱりやらないといけないのか。







 グリンウッド軍動くの一報が入ったのは、その五日後のことである。


 斥候たちからの報告によると数は一万。

 内訳としては、ドワーフたちのインゴルスタ軍が五千でグリンウッド軍が五千だという。


「半々か。マスルとガイリアの連合軍みたいだな」


 情報を受け、俺は戦略地図をとんとんとタップした。

 なんだか気に入らない。


 ふたつの国が同数の兵を出すなんて、よほどの連携がなければ戦場が混乱するだけだ。

 主戦力と副戦力にわけて運用するのが常道なのである。


「ネルネルはあ、常道セオリーを無視して勝ったけどねい~」

「あのときといまじゃ状況が違うって」


 サリエリの言葉に、俺は両手を広げてみせた。

 防衛戦だったから連携の悪さを利用して敵を引っかけることができたのである。

 攻め手の連携が悪いのは普通にダメだろう。


「うーむ」

「どうするう? こっちも一万出して正面決戦にするう?」


 サリエリの提案は常識的なものだ。

 相手が総兵力を注ぎ込んでいない以上、こちらも全戦力を出すってわけにはいかない。


 疲弊したところを突かれたらひとたまりもないし、別働隊の可能性もゼロではないのだから。

 となれば同数で正面決戦をおこなって完勝するってのが理想なのである。


「いや。もうちょっと欲張るか。五千で迎撃する」

「強欲母ちゃんだねえ」


 のへりへと笑うサリエリ。

 ほっといてちょうだい。


「じっさい、どの程度の連携力なのか確かめておきたいってのもある。もしグリンウッドとインゴルスタが抜群に連携取れてるなら、べつの計算用紙が必要になるし」

「そおだけどぉ、半数の兵力で出撃して負けたら、なにやってんだって怒られるよお」


 そりゃそうだ。

 兵力が払底しているわけでもないのに出し惜しみをしたあげくに負けたら、赤っ恥なんてもんじゃない。


「たぶん負けないけどな。敵さんはアレがやりたいんだろうし」


 俺はにやっと笑ってみせた。


 

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