第195話 また厄介ごと?


 旅は順調に進み、五日目の昼にはスペンシルの都の巨大な街壁が見えてきた。


「あれが北の拠点都市か」


 車窓からはるか前方を眺めやり、俺はつぶやいた。


 旧リントライト王国最北の都。

 もちろん、ここより北に集落や宿場町がないというわけではない。都市機能を備えた大都市としては最も北にあるというだけである。


 人口はざっと十五万。

 しばらく前に行っていた都市国家ルターニャの人口が一万六千くらいだから、十倍くらいの規模の街なんだと考えると判りやすいだろう。

 まあ、大都市にあるべきもので、ないものはないと考えて問題ないそうだ。


 当然のように冒険者ギルドだってある。さすがにここで仕事をする予定はないので顔を出すことはないだろうけど。


「メグ。街門の近くに停車してくれ」

「了解ス」


 今日の操縦担当であるメグに指示を出す。

 ジークフリートの操縦というのはそんなに難しくないから、娘たちが交代で操縦席と副操縦席に座っているのだ。


 メイシャ以外ね。

 操縦中にお腹が空きすぎて目を回しちゃったら、みんな揃ってあの世行きだもの。あの娘にだけは操縦桿を任せられない。


「なんだかフロートトレインが通れる門がある町が、ぜんぜんないですわね」


 その任せられないメイシャが言った。


「普通はこんなもんが走ることを前提としていないからな」


 車長席で俺が肩をすくめてみせる。

 新ミルト市が建設されたとき、フロートトレインのサイズに合わせた街門が造られた。

 そして、以降の都市整備で各都市の門が改修されていったのである。


 宿場町なんかはもともと木戸しかないんで、改修というより駅舎の建設っていったほうが近いかもしれない。


 ともあれ、こういう整備がおこなわれたのは、ガイリアシティとリーサンサンを結ぶルートだけ。

 現在は新ミルト市とマルスコイを結ぶルートも改修中らしいけど、どっちにしても北西部とは縁のない話だ。


 こちらは相変わらず、徒歩や馬車の旅が主流なのである。


「それはそれで良い旅ですわ。この旅でも幾度宿場を通過して、いくつの名産を食べ損ねたことか」


 哀しそうに眉根を寄せる聖職者だった。

 うん。

 ブレないね。





 スペンシルの街は、なんだか物々しい雰囲気に包まれていた。

 街門近くに停車したジークフリート号の周囲に、わらわらと衛兵が集まってくる。


 警戒されている、というのはちょっと違うし、歓迎されているのと違う。

 なんとも不思議な感じだ。


 メアリー夫人たちを車内に残し、俺たち七人はタラップをおりる。


『希望』だ……、とか、闘神アスカか……、とか、ひそひそ交わす声が聞こえてきた。


 あと、あれがライオネルお母さん……とか聞こえたような気もするけど空耳だな。気にしすぎてるから、ありもしない幻聴が聞こえるんだよ。


「役儀により質すが、貴公は『希望』のライオネルか?」


 歩み寄ってきた衛兵が俺に話しかけた。


「さようです。門前を騒がせ、申し訳ありません」


 俺が応えると、周囲のどよめきが大きくなる。

 なんだなんだ?


「これぞ天の配剤というもの! よくぞおいでくださった!」


 そう言って衛兵が握手を求めてくる。


「小官はスペンシル防衛隊長のリューイと申すもの。お目にかかれて光栄だ」

「こちらこそ光栄です。リューイ隊長」


 微笑を返す。

 まあこのあたりは社交辞令に近いんだけど、防衛隊の隊長とか衛兵の隊長なんていったら、本来は冒険者風情が口をきけるような相手じゃない。

 俺たちも出世したもんだよね。


「それで、天の配剤というのは? 我々は観光旅行に来ただけですが」


 きっとまた厄介ごとに巻き込まれたんだろうな、と、確信しながら訊ねてみる。


「スペンシルの北にグリンウッド王国というのがあるのを知っているか? ライオネルどの」

「ええ。もちろん」

「あの餓狼どもがついに牙をむいたのだ。すでに国境近くの町や村は、奴らの胃の腑に落ちてしまった」


 なるほど。

 リントライト王国が消滅した今を好機とみたわけか。


 隣り合う主権国家と主権国家の間に完全な平穏などあり得ない。むしろ一年近くもよく我慢したというべきだろう。

 スペンシル侯爵領というのは、名目はともかくとして独立国家と考えて問題ない。


 リントライトが崩壊して生まれた国家群において、どちらかといえば大きい方の国だが、グリンウッド王国と比較してしまったらやはり小さい。

 軍事力だって同様だ。


 この機に併呑してしてしまおうって考えるのは、そう不思議な話ではないだろう。

 そうなるのが嫌だから、ロンデン王国なんかはさっさとマスルやガイリアと友好関係を結んだのである。


 スペンシル侯爵という御仁には寄るべき大樹がなかった。

 あるいは、自分の足で立つという気概に溢れているのかもしれない。ロスカンドロス王やカイトス将軍の人物評を考えれば、そっちの方がしっくりくる。


「これは、大変なときにきてしまいましたね。我々になにか手伝えることはありますか? リューイ隊長」


 腹の探り合いをしても仕方がないのでこちらから申し出た。

 まさかこの状況で、そうですかー 大変ですねー なんていってジークフリート号に戻ることもできないしね。


 ましてこの街にはメアリー夫人の娘さんやお孫さんがいる。

 知らぬ存ぜぬってわけにもいかないさ。


「おおお! 合力してくれるか! ライオネルどの!」


 隊長が満面の笑みを浮かべた。

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