第194話 仕事じゃないよ


 ガイリアシティからスペンシルの都までは、徒歩の旅なら一ヶ月以上かかる。

 足の悪いメアリー夫人に耐えられる行程ではない。


 だが、俺たちにはジークフリート号があるのだ。

 巡航速度で二頭立て馬車の全速の三倍ほどだから、スペンシルの都まで数日で到着できるし、こまめにトイレ休憩を挟まなくてもちゃんと完備している。


「垂れ流しですけれどね」

「うむ」


 クスクスと笑うメイシャに、俺は重々しく頷いた。

 古代魔法王国の技術を結集したリアクターシップも、魔導汽船も、フロートトレインも、どういうものかトイレは垂れ流しなのである。

 不思議なことに。


 ともあれ、座席を組み替えてベッドにしてしまえば簡易的な宿泊所にもなるから、宿場町に泊まれなくても安心だ。

 これほど長距離移動に向いた乗り物はちょっとないだろう。


「厨房があれは完璧だっんだけどね!」

「そうでもないですよアスカ。材料を積み込むのをお弁当を積み込むのも、結局は同じことですから」


 ミリアリアの言い分ももっともだ。

 食材を買って車内で料理を作るのと、出来合いの食べ物を車内で食べるのはまったく同じことなのである。むしろ食材のストックを考えなくてはいけない分だけ、前者の方が面倒くさい。


 だから、べつに特別なことを考える必要はなく、徒歩の旅のときの野営と同じように考えればいいのである。

 宿場に泊まれないときには外でたき火をして料理をし、寝るときは車内に入る、と。







 そして出発の日である。


 冒険者ギルドを通しての依頼ではなく、『希望』の構成員であるアスカ、ミリアリア、メイシャの三人の個人的な用事という体裁に落ち着いた。

 メアリー夫人としてはギルドに指名依頼を出すつもりだったらしいけど、アスカたちが頑として報酬なんかいらないと言い張ったのである。


 本当はね、冒険者としてはこれは絶対にダメ。

 プロだから。


 無料奉仕をしちゃいけないし、特別扱いする相手というのがいるのもまずいんだ。

 だけど、ジェニファが機転を利かせてくれた。


 メアリー夫人はアスカたちにとって親も同然である。親の頼みごとを仕事として考えることができようか、とね。

 ジェニファの論法は多少強引だったけど、ギルド上層部も納得してくれた。なので、今回の遠征は旅行という位置づけだ。


 その旅行にメアリー夫人と使用人たちが同行するだけなのである。


「今日はよろしくお願いするわね。ライオネル」

「良い旅を」


 笑顔で俺はメアリー夫人と握手を交わし、三号車へとエスコートした。

 選んだ車両に意味はなくて、ただたんに端っこから遠い方が良い席かなあと思っただけ。そもそも、五十人も乗れる三号車をメアリー夫人と四名の使用人で占領しているのだから、大変に贅沢な使い方なのである。


 俺たちが乗っているのは一号車。

 車長席に俺が座り、操縦席にはアスカで副操縦席はメグだ。

 目の良いユウギリとミリアリアが左右の観測席に座って前方の障害物などを警戒する。


 メイシャとサリエリには決まったポジションがなく、べつに操縦室にいる必要はないんだけど、適当にだらだらしているのがいつものスタイルだ。

 なぜか俺の左右に立ってたりね。

 せめて座りなさいよ。邪魔くさい。


「母ちゃん! 各計器オールグリーン!」

「前方障害物ありません」


 アスカとミリアリアが申告する。

 俺はひとつうなずき、車内放送のマイクをに口を近づけた。


「ジークフリート号、発進」

『アイアイサー!』


 娘たちが唱和し、音もなくフロートトレインが滑り出す。

 はるか北西、スペンシル侯爵領を目指して。


 最初の停車地はロンデン王国だけど、王都マルスコイには寄らない。

 さすがにあっちは人も多いし、ジークフリート号が全力で走ったら撥ね飛ばしちゃうからね。


 寄るのは中規模の宿場町だ。

 そこで一泊し、街道の情報を集める。

 前回旅をしたときにかなり地図は書いたけれど、それでもまだまだ情報は足りないからね。


「すごいわね。ライオネル。これが機械の勇者ジークフリートなのね」


 出発から半刻(一時間)ほどして、使用人に付き添われたメアリー夫人が操縦室に現れた。

 車内を探検中なのだそうである。


 なんだろうね。三人娘の冒険好きは、このお人のせいかもしれない。

 知らない扉があったら開けてみたくて仕方がないのだ。


「ジークフリート号ってそんなに有名なんですか? メアリー夫人」

「そりゃあそうよ。人気がある演目だから、吟遊詩人たちは酒場だけじゃなくて広場とかでも歌っていたわよ」


 俺たちが東大陸に行っている間、『希望の騎士ジークフリート』という叙事詩が中央大陸を席巻したんだってさ。


 機械として生まれながら『希望』の冒険者たちを乗せる七番目のメンバーとして、多くの悪魔を葬った。

 致命傷を負い、もはやこれまでとなったときには全力前進で大型悪魔に体当たりし、相打ちとなって果てるのである。


 このシーンには多くの子供たちが涙を流したそうだ。


「なんだか主役の座まで奪われてしまってますわね」


 メイシャがクスクスと笑う。

 メアリー夫人から聞いたあらすじだと、『希望』のメンバーよりずっと活躍しているんだもの。


 おかしいなぁ。

 ボス格だったナイアラートテップを死闘の末にやっつけたのは、俺たちだったはずなんだけどなぁ。


「どうやらお前の人気の方が高いらしいぞ。勇者トレイン」


 俺がからかうと、なんだかエーテルリアクターの駆動音がわずかに高くなったような気がした。

 まるで照れているみたいに。

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