第192話 約束させられちゃった
俺は徒歩で、アスカはメアリー夫人を背負ってクランハウスに帰着した。
どうしてもアスカが背負うと言ってきかず、馬車を借りるというアイデアは却下されてしまったのである。
まあ、メアリー夫人がニコニコと背負われているから、これはこれで良いんだろう。きっと。
「なんで外で料理してんだ? お前ら」
「お客さんが多くなりそうスからね。たぶん食堂に入りきらないだろうってメイシャが」
忙しそうに庭を動き回ってるメグが俺の問いに応えた。
ずっと前に俺が作ったかまどで炊いているのか。懐かしいね。
「厨房のかまどだけでは足りませんでしたから」
大量の木皿を抱えたユウギリがやってきた。ていうか、そんなにどこから持ってきたんだ? メシ屋じゃないんだから、うちにそんな量の食器はないはずなんだけど。
「ギルドの大食堂が貸してくれたんですよ」
視線で疑問に気づいたのか、ランズフェローの弓術士が笑った。
「なある。ジェニファが手を回したんだな」
相変わらず痒いところまで手の届くギルド職員である。
「軽く五十は超えるでしょうから」
「また無駄遣いしてってアニータに怒られそうだな。ちょっと機嫌を取ってくるか」
軽く手を振り、俺はクランハウスに入った。
玄関ホールでは、家宰のアニータがテキパキと指示を出している。娘たちだけじゃなくて、臨時の手伝いにきてくれた女性たちにも。
「なんだかすごい騒ぎになってしまったな。アニータ」
声をかけると、なんだか疲れたようなそれでいて充実したような顔を向けてくれた。
「皆さんが出かけていて、誰もいない屋敷を一人で管理しているときよりずっと良いですけどね」
ふふっと笑う。
家宰はクランハウスを守るのが仕事だからね。一緒に遠征ってわけにはいかない。
寂しい思いをさせてしまっているだろう。
「いつもすまないねぇ」
「おっかさん。それはいわない約束よ」
それでも最近は農作業の手伝いに人がたくさん来ているし、今日だってその伝手で臨時スタッフを集められたわけだから、いつも一人でぽつんと過ごしているわけではないという。
「今日の料理は、アニータも楽しんでくれよ」
「ええ。私もカレーライスは大好きですよ」
すっかり『希望』の名物料理になってしまったな。
そのうち店でも出せそうだ。
「ライオネルさんの許可をもらえれば、クランハウス前で提供するのもいいかもですね。テーブルと椅子を出して」
「いいぞ。材料費とか必要経費を抜いた利益は、全部ポケットに入れてくれ」
「そんなことできるわけないじゃないですか。ちゃんと『希望』の収入として計上しますよ」
「俺たちは冒険者であって、メシ屋じゃないんだがなぁ」
冗談を真面目に返され、俺はぽりぽりと頭を掻いた。
クランそのものの収入が増えれば、当然のように構成員の取り分も増える。
現状、金に困っているメンバーは誰一人としていない。
はずだ。
アスカとかメイシャとかが、ちょいちょいアニータに前借りをせがんでるのを見かけるような気がするけど、あれはたぶんそういう遊びなんだよ。
まさかまさか、一般的な労働者に数倍する稼ぎがあるのに、給料日まで保たないなんて、あるわけがない。
ないよね?
いつしか日もとっぷりと暮れ、庭にはいくつものかがり火が焚かれた。
人数も五十人を超えているし、ハイデン夫妻やメアリー夫人、国王秘書官のジーニカ女史に魔術協会のマルガリータ導師、至高神教会のアカシア司祭様までいる。
縁のあった人々が一堂に会し、なんたかお祭りみたいな雰囲気だが、新作カレーライスの試食会だ。
「『固ゆで野郎』や『葬儀屋』がいないのが残念ですね。母さん」
「いやあ、あいつらがきたら、食べるより飲むのがメインになっちまうからな」
笑いかけるミリアリアに、俺は苦笑を返す。
ライノスもナザルも、ジョシュアやニコルさえも、そりゃもう飲むからね。
酒樽がいくつあっても足りないくらいさ。
あんな連中にタダ酒を飲ませたら、こっちが干上がっちまうよ。
「そんなことをいいつつ、ちょっと寂しそうですよ」
「そうだな。せめてキリル参謀でもいれば軍略の話に花が咲いたかもしれないけど、仕事じゃ仕方がない」
カイトス将軍もなにやら忙しそうだったし。
ダガン帝国が実質上滅びたから、ひとまずは差し迫った問題もなく、平和なはずなんだけどねぇ。
「ホントに母さんって、男同士でイチャイチャするのが好きですよね」
「人聞きの悪いことをいうな」
なんだよイチャイチャって。
べつに女性と飲むのが嫌いなわけじゃない。ただわいわいと騒ぎながらというより静かに談笑しながら飲むのが好きなだけだ。
だから、行きつけのバーとかでジェニファやマルガリータ導師と飲むひとときは、けっこう至高なんだよ。
「行きつけってどこですか? なんで私たちは連れて行ってくれないんですか?」
むうっと頬を膨らますミリアリアだった。
秘密の場所、というほどのことでもないんだけどな。
「ああいう雰囲気は、子供には合わないかと思って」
良い酒と良いグラス、そして大人めなつまみ。
娘たちが喜びそうなものが一つもないんだもの。
「もう成人しましたけど」
むっすー、と、機嫌を損ねてしまった。
そういうところが子供だと思うんだが、そこを突っ込むとますます機嫌が悪くなるので黙っておく。
「判ったよ。今度みんな一緒に行こう」
茶色い頭を、ぼんぼんと叩いてやった。
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