第191話 天啓!
数刻ほどルルジム遺跡の監視を続け、戻ってくるゴブリンも逃げていくゴブリンもいないことを確認したあと、俺たちはハイデン農園へと戻った。
あ、ただぼーっと待っていたわけではなく、瓦礫の下からゴブリンの死体を引っ張り出してコアをえぐり出したりしてたよ。
これも街に持って帰って売ればそこそこ良いお金になるからね。
全部で二百個近く。
ハイデン農園に現れた連中の分を足したら三百を超えるだろう。かなりの大兵力だ。
ほんと、新人冒険者とかがこなくて良かったよ。
この数とまともに戦ったら、それこそ『金糸蝶』だって手こずったんじゃないかな。
俺たちにはフレアチックエクスプロージョンっていう、身も蓋もない攻撃方法があったからあっさり片がついたけどさ。
一匹一匹ていねいに殺していくなんてことになったら、相当めんどくさかったと思う。
で、最終的に数の差で負けて、撤退を余儀なくされるのな。
七対三百ってのはそういうことなんだ。
「いやいや、いやいや。すごかったね。ミリアリアちゃん。あれが『愚王と大賢者』にでてきた神の雷かい?」
「あれは大嘘ですけどね。私一人では使えない魔法なんですよ」
ハイデンさんに褒め称えられ、鼻高々のミリアリアである。
『愚王と大賢者』ってのは、リントライト王国の滅亡を綴ったサーガだね。酒場や広場なんかで吟遊詩人たちが歌っていて、けっこう人気の高い演目だ。
民の生活を省みず増長した愚王の前に雷を振らせて、その愚かさを戒めたってのが一番盛り上がる名シーンである。
で、この大賢者ってのは大魔法使いミリアリアのことなんじゃないかって噂されてるのさ。
まあ、実際のところはミリアリアだけでフレアチックエクスプロージョンを使うことはできないので、叙事詩は半分以上が嘘なんだけどね。
「また助かったわ。ライオネルさん。退治だけでなくコアまでもらっちゃって」
そういってハイデンさんの奥方が、従業員にもってこさせた木箱に詰めた肉だの野菜だの卵だのをいくつも重ねていく。
追加報酬ってやつだ。
「こっちこそ、仕事のたびにたくさんもらってしまい、恐縮です」
謝礼の現金の方を増やされるのは困ってしまうが、こういう追加報酬はとてもありがたい。
なにしろうちには育ち盛りが揃ってるもんですから。
「は! 天啓が降りましたわ!」
突如としてメイシャが叫んだ。
センスラックといって、聖者の天賦をもつものには、ごく稀に至高神の声が聞こえることがある。
自分でコントロールできる類のものではなく、いつ発動するかも判らないらしい。
なかなか厄介な能力だ。
「今度はどんな天啓が降りたんだ? メイシャ」
微妙に警戒しながら訊ねる。
なにしろメイシャに降りてくる天啓というのは、他の人……例えばジェニファなんかに降りてくるそれとはちょっと違うのだ。
普通は、どこそこへいけとか、○○に気をつけろとか、その人の人生にとって岐路ともいえる事柄なのだが、メイシャの場合にはもっとずっと日常的なものが多い。
「この鶏肉でカレーライスを作り、この卵でつくった目玉焼きをそこに乗せる。さらにアクセントとして、このチーズを散らすのです」
などとのたまいながら、木箱から食材を取り出す。
うん。
やっぱりね。
やっぱり食べ物がらみのことだったね。
カレーライスの完成にも天啓が一役買ってるんだ。
「メイシャちゃん。それが至高神のご意志なのかい?」
「そうですわ。ぜひクランハウスに食べにきてくださいませね」
誘ってるし。
ていうか、作ることが前提なのね。
ジークフリート号にもらった食材を積み込み、俺たちはクランハウスへと帰還する。
とはいえ、俺とアスカはガイリアシティで降りてギルドに依頼完了の報告だ。
さすがにこれを後回しにすることはできないからね。
「将軍ゴブリンが発生していたんですね」
そして報告を受け、ジェニファが驚いた顔をしている。
ゴブリンはどこにでもいるが、将軍クラスともなるとそうそう滅多に登場るものじゃない。
「俺も驚いたよ」
「驚いたで済むのが『希望』ですけどね。普通は、逃げるか捕まるか殺されるか、三つの未来しか待ってませんよ」
捕まるのは最悪だ。
ゴブリンに限らないが、モンスターにとって人間って不倶戴天の敵だから、なぶり殺しにされる。
もちろん人間も、モンスターを見つけ次第殺すわけだから、どっちもどっちなんだけどね。
「フロートトレインとフレアチックエクスプロージョンがあるからな。数で押されてもなんとかなるってだけだ」
肩をすくめて見せる。
すごいスピードで移動して、すごく強力な魔法で吹き飛ばしただけ。
戦略も戦術も入り込む余地はない。
軍師としては不本意な戦いであるが、楽に勝てるならそれにこしたことはないってのもまた事実だ。
「ところで、メイシャにまた天啓が降りてな。新しい料理を作るらしいんだ。食べにこないか?」
「メイシャちゃんに降りる天啓って変わってますよね」
くすりと笑うジェニファ。
それから、夜にでもお邪魔しますといってくれた。
「ああ。待ってるよ」
軽く手を振ってギルドを出る。
「次はメアリーさんのところ!」
元気一杯に、アスカがしゃたっと右手を挙げる。
珍しくメグではなくてアスカがくっついてきたのは、メアリー夫人も新カレーライスの試食に招くためだ。
「クランハウスは遠いからな。断られるかもしれないぞ」
「足腰がつらいなら、わたしがおんぶしていくよ!」
「ジークフリート号で迎えにくればええのんちゃうんか?」
きゃいきゃいと騒ぎながら、ガイリアの街の大通り進む。
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