閑話 ゴブリンジェネラル


 昼とみまごうばかりの明るさとなった夜の草原に、キノコ型の雲が湧きあがる。


 そして、ときならぬ雨が降り始めた。

 その雨に混じり、ゴブリンの腕や足がぼとぼとと地面に落ちる。


 声もなく大爆発を見守っていたハイデン農園の人々が、一拍の時差をおいて歓声を上げる。

 にっくきゴブリンどもが、たった一発の魔法でほぼ全滅したのだ。


 これを喜ばないような博愛主義者は、ゴブリンに畑を荒らされたり家畜を奪われたり、仲間が傷つけられてもへらへらと笑っているのだろう。


 初撃で八割以上の犠牲を出したゴブリン軍団が逃げ始めた。

 よたよたと。

 至近での大爆発だ。巻き込まれなかったとしても平衡感覚がおかしくなっている。


 そしてそれを見逃すような『希望』ではない。

 ユウギリの放った矢を背中に受け、次々と小鬼が倒れていく。

 完全に七面鳥撃ちだ。


 その間を縫ってアスカとメグ、ライオネルが突進しゴブリンを斬り倒す。

 こうなったらもう戦闘ではなく、一方的な駆除である。


 ヤケを起こしたようにミリアリアがいる本陣に攻撃を試みようとするものもいたが、サリエリの炎剣エフリートとメイシャの錫杖ビショップスタッフによって、ことごとくたたき伏せられた。


 小半刻(十五分)もしないうちに全滅である。


「よし。このまま本拠地を攻撃するぞ。ジークフリート号に乗り込め」


 ライオネルの指示に従い、娘たちが次々とフロートトレインに乗車する。

 魔力炉エーテルリアクターが低く唸りだし、先頭車両に取り付けられた投光器がドラゴンの両眼のように眩い光を放った。


「ハイデンさん。ここのゴブリンどものコアは譲ります」

「よろしいんですか? 百近くあるように見えますが」

「時間が惜しいんで」

「お気遣い感謝しますよ。ライオネルさん」


 死体の処理を農園の人々に託し、ライオネルもジークフリート号へと入っていった。

 ほどなくして、音もなくフロートトレインが滑り出す。

 一路、ゴブリンの本拠地を目指して。





 ルルジム遺跡とハイデン農園の距離は徒歩で半刻ほどだが、ジークフリート号の俊足ならあっという間だ。


「しかも都市型遺跡に陣取ってくれている。砲撃し放題だ」


 車長の席でライオネルがうそぶく。


 洞窟などが本拠地の場合、地上に露出している部分が少ないため、外からの攻撃というのには限界があるのだ。

 どうしても内部に侵入しての戦闘は避けられない。


 都市型遺跡というのはかつては街だったものなので、ほとんどすべての部分が地上にあるし、そもそも住みやすい場所ではあっても守りやすい場所ではないから、攻撃する側としては非常に楽なのである。


「サリエリ、ミリアリア。フレアチックエクスプロージョンは、あと何発いける?」

「十発はかたいところですね。全部いっときます?」

「オーバーキルすぎるだろ。接近しながら一発、いっかい通過して、戻りながらもう一発。こんなところで充分だ」


 人間相手には禁じ手としているフレアチックエクスプロージョンだが、モンスターを相手に使用を躊躇う理由はない。

 だからといって十発はやり過ぎだが。


 さすがに一帯の地形が変わってしまう。


「遺跡はこわしていいのん~?」

「もともと放置して朽ちるに任せていたもんだしな。どっからも苦情は出ないと思うぞ」


 肩をすくめて見せるリーダーだった。

 十年以上も昔に調査は完了しているのだ。

 いまさら新しい発見があるはずもない。


「りょ~ はでぇぃにいく~」


 のへのへとサリエリが応える。


 やがて、闇を切り裂いて駆けるフロートトレインを視認し、遺跡のゴブリンどもがパニックに陥った。

 自然界にはあり得ない速度。警笛がけたたましい音を鳴りひびかせ、投光器からは目が眩むほどの光が投げつけられる。


 奇声を発して逃げ惑ったり、頭を抱えてうずくまったり、とても迎撃どころではない。


 あるいは、オペレーションオロチのときのダガン兵たちもこういう気分だったのかな、と、ライオネルは苦笑した。


 だが、もちろんあのときと同じで作戦に手を抜くことはできない。

 あるいは、あのとき以上に徹底的にやらなくてはいけないのである。相手は人間ではなくモンスターなのだから。


 フレアチックエクスプロージョンの大爆発が遺跡を包む。そして、やや時差を置いてもう一発。

 崩れかけのルルジム遺跡は、二回のフレアチックエクスプロージョンで完全に崩壊した。


 おそらく百匹以上残っていたゴブリンどもを道連れに。


「取りこぼしがないかチェックするぞ。とくに将軍ゴブリンを逃がすと、また大集団を形成されてしまう」

「了解! ゴブリン英雄とか生き残ってないかなー!」


 元気一杯にジークフリート号を飛び出していくアスカに苦笑しながら、サリエリが大量の光の精霊を呼び出した。

 夜の闇こそがモンスターにとって最大の防壁である。

 四方八方から照らしだし、逃げも隠れもできなくするのだ。


「いた! ジェネラルとチャンピオン!」


 アスカがオラシオンを指した先、かなり大柄なゴブリンがよたよたと逃げようとしていた。


「逃すか! 秘剣、皓月……」


 遠距離攻撃を放とうと月光を構えたライオネルだったが、剣光を打ち出すよりも早く飛び出したアスカが、右に左にと将軍ゴブリンとゴブリン英雄を斬って捨てた。

 まさに雷光の速さで。


「飛び道具を撃つより速いとか反則すぎだろう」


 なんともいえない表情のまま、ライオネルは月光を鞘に戻す。

 こうして、二百匹を超えるようなゴブリンの大兵団は、とくに見せ場もないまま全滅するのだった。

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