第190話 おひさしぶりです


「堕落だよなぁ」


 ジークフリート号の乗降口からハイデン農園へと降り立った俺はため息を吐いた。


 歩きなら二刻(四時間)はかかるガイリアシティからの道程を、ジークフリートは小半刻(十五分)で踏破してしまう。

 そして当たり前だが疲労はゼロ。


 こんな移動に慣れてしまったら、どんどん体力がなくなって、冒険者としてモノの役に立たなくなってしまいそうだ。


「でもぉ、緊急性のあるときはぁ、こっちの方がいいよねぃ」


 俺の横に立ち、うん、と身体を伸ばしたサリエリが、いつも通りのへーとした顔で言う。

 それもたしかに事実だ。


 二刻もかけてえっちらおっちら歩いて向かっている間にハイデン農園の人々が皆殺しになっている、ということだってあるのである。

 速度とは、すなわち救える命が増えるということ。


「移動はジークフリートで時間短縮して、浮いた時間でトレーニングをすれば良いのですわ」


 メイシャは豊かな胸を反らす。

 すげー良いこと思いついたって感じのドヤ顔だけど、それはそれで本末転倒な気もするんだよな。


「まさか、名高い『希望』の方々が来てくださるとは、感無量です」


 きゃいきゃいと騒いでいると、母屋から中年男性がでてきた。


「あ! ハイデンさん! ひさしぶり!」

「アスカちゃん。立派になって」


 駆け寄るアスカに、なんだか目頭を押さえるハイデンである。

 たしかに感慨深いよな。


 四人でやった初めての仕事が、ハイデン農園の防衛だ。

 あのときはアスカもミリアリアもメイシャも危なっかしくてなぁ。

 それがいまや闘神だの大魔法使いだの聖女だの呼ばれてるんですよ。


「ライオネルさんも、ご無沙汰しております」

「こちらこそ、ずっと挨拶にもこれなくてすいません。あのときもらった肉や野菜は、全部おいしくいただきました」

「『希望』の冒険はここから始まったんだと仲間内に自慢して、胡散臭がられるのが、最近の楽しみになっていますよ」


 固く握手を交わす俺とハイデン。

『希望』は俺が育てたって自慢していいよ。あのとき報酬と一緒にもらった食材で、すげー助かったのは事実だし。


「とくに卵ですわ。わたくし、ボイルドエッグを十個も食べてしまいましたもの」


 うん。

 あれには呆れたよ。

 付き合いの長いアスカやミリアリアまで退いていたよ。


「じゃあ、聖女メイシャのお墨付きの卵だっていって売り出そうかな」


 ハイデンが笑う。

 その笑みが途中で凍り付いたのは、遠くからゴブリンの吠え声が聞こえてきたからだ。






 農園に現れるゴブリンには、ホブゴブリンも含まれているらしい。

 しかも三、四匹も。


 普通のゴブリンにいたっては、ちょっと目算では追い切れないのほどの数がいるらしい。

 となると百近い数ってことだな。

 かなりの大兵力である。


「ホブが四匹も前線部隊にいるということは、本拠地には十匹はいるでしょうね」

「となるとぉ、率いてるのは将軍ジェネラルゴブリンだよねぇ」


 ミリアリアとサリエリの言葉に俺は頷く。

 将軍とは、ゴブリンの最上位種だ。

 こいつがいるってことは、ゴブリンシャーマンやゴブリン英雄チャンピオンもいるだろう。

 将軍が生まれると、他の変異種も発生しやすくなるからね。


 本当、俺たちがきて良かったよ。

 たかがゴブリン退治だって新人冒険者が受けていたら、間違いなく返り討ちになるパターンだ。


「数は百から二百スね。となると小さい洞窟なんかには潜めないスから」


 ぶつぶつと呟きながら、メグが手書きの地図を見つめる。

 本拠地の特定だ。


 ゴブリンは人間よりずっと小柄だが、それでも百とか二百となったら大集団である。

 巨大な鍾乳洞か、あるいは遺跡か、廃棄された城か。本拠地にできる場所というのは限られるのだ。


「ゴブリンの行動半径から考えると、ここスかね」


 ぴっと指さすのは、ルルジム遺跡だ。

 もう十年以上も前に調査が完了し、放置されている古代魔法王国時代の町の跡である。

 半壊した建物が五十ほど残っているはずだから、ゴブリンたちが住み家にするにはたしかにちょうど良いだろう。


「けれど、小鬼というのはどこにでもいるものですね」


 しみじみと言うユウギリだった。


「母さん。東から接近する魔力があります」

「気配もス。数は読みきれないスね」


 魔力を察知することができるミリアリアと、気配読みに長けたメグが警告を発する。


 夜というのは、モンスターに限らず人間以外のものたちの時間だ。

 くると判ってはいても、闇の中からどろどろと迫ってくる不気味な怪物どもというのはなかなかに怖ろしい。


 普通の生活を送っているハイデン農園の人々には、とくにそうだろう。


「まずは、その恐怖を逆転しようか。ミリアリア、サリエリ」

「了解です」

「まかされてぇん」


 魔法使いと魔法剣士が前に出る。


「この指のまっすぐ先、半町(五百メートル)ほどのところが、一番気配が密集してるスよ」


 方向と距離の指示はメグだ。

 なにしろ見えないからね。ちゃんと狙いなんか定められない。

 まあ、定める必要もないけど。


 サリエリが炎の大砲イフリートカノンを、ミリアリアが氷の魔槍アイシクルランスを同時に放つ。

 やや時差を置いて、敵陣の中心とおぼしき場所で大爆発が起こり、周囲はまるで昼間のように明るくなった。


『希望』の最大火力、合体魔法フレアチックエクスプロージョンである。

 

 

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