第13章

第181話 援軍来る


 走行中のジークフリート号の屋根に人影が現れた。


 無茶するなぁ。

 落ちたら怪我じゃ済まないぞ。


 目をこらしてよく見ると、それはユウギリとコウだった。


 前者はともかくとして、後者が意外すぎる。

 十町(一キロメートル)先の的を射抜く強弓使いは、遠くセルリカの地にいるはずだ。


 弓弦が引き絞られ、二本の矢が同時に放たれる。

 高速で走るフロートトレインの速力までも味方につけたそれは、驚くほどの飛距離を見せ、ダガンの先頭部隊に突き刺さった。


 哀しげないななきを発して馬が転倒する。

 突然現れた正体不明の敵にダガン軍が驚愕し、俺たちを追撃する速度が鈍る。


「母上。今のうちに軍を反転させて迎撃準備を」


 拡声器を通して聞こえた声は、とても懐かしいものだった。


「シュクケイどの! まさか貴殿が来てくれるとは!」


 俺に初黒星をつけたセルリカの軍師である。

 その声がジークフリート号から聞こえたということは、間違いなく娘たちが動いたのだ。

 もちろん俺を救出するために。


 魔王イングラルを巻き込み、リアクターシップやフロートトレインまで使って、ルターニャにシュクケイやコウを連れてきた。


「とんでもないことを考えるもんだ……」


 嬉しいを通り越して、呆れるを通り越して、もう、どういう顔をして良いのか判らない。


 ルターニャ軍が反転したり、ダガン軍が蹈鞴を踏んだりしている間にも次々とジークフリート号からは矢が飛び、不幸な兵士を撃ち絶やしていく。

 やがて五両編成のフロートトレインは、俺たちとダガン軍の間に割り込んだ。


「駆け付けたのはシュクケイだけじゃないぜ! ライオネル!」


 搭乗口から飛び降りるのは『固ゆで野郎ハードボイルド』や『葬儀屋フューネラル』の面々である。


「ライノス! ナザル! 君たちもか!」

「アスカ嬢ちゃんたちが床に頭をこすりつけて頼み込んできたんだ。ライオネルを助けてくれってな。動かなきゃ男がすたるってもんだろうよ!」


 ライノスが言い、同調するようにナザルが笑った。


 ほんっとに、ほんっとにもう。

 あいつらときたら、使えるコネは全部使って俺を救出するために動いたってことか。


 それに比べて俺は何やってんだって話だよ。

 こんな仮面なんかつけて、異国で軍の指揮をしているとか。

 親失格じゃねえか。


「みんな! 心配かけてすまん!!」


 言葉とともに、俺は銀色の仮面マスカレードを投げ捨てた。





「母ちゃん!」

「母さん!」

「ママ!」


 飛びついてきた、アスカ、ミリアリア、メイシャの三人を抱き留める。

 ほんとにごめんな。

 心配ばっかりかけて。


「やっとパズルのピースが揃ったってとこスね」

「そーだねぃ。やっぱネルネルがいないと『希望』じゃないっしょぉ」


 半歩離れたところで笑ってるメグとサリエリも、俺は抱き寄せた。


「おぉス?」

「わぁおぅ」


 意外そうな顔をする二人。

 ほんとお前たちは、俺には過ぎた娘だよ。

 一人ずつ頭を撫で、感謝と謝罪を述べてから、俺はタティアナに声をかけた。


「ここからはライオネルの仕事だ。ロハってわけにはいかないぞ。タティアナ」

「もとよりただ働きなどさせるつもりはない。とっておきの報酬を用意している」


 にやりとルターニャの盟主が笑う。


「また女作ってるし……」


 なんかアスカが、聞こえない程度の小声でぼそっと言った。


「ん? どうした?」

「ネル母ちゃんは格好いいから困るって言ったの!」


 絶対嘘だろ、それ。

 ともあれ、いまは遊んでいる場合じゃない。


 ルターニャの七百と、ジークフリート号に乗ってきた『希望』『固ゆで野郎』『葬儀屋』の混成部隊が二百。

 合計九百でダガン軍一万九千を相手にするのだ。

 勝算など。


「十割だな」


 俺の横に立ったシュクケイが、すっと前方のメッサーラ峠を指さした。


「やっぱり気づきましたか、シュクケイどの」


 それに対して、俺は笑顔で応える。

 九百対一万九千では数の上で勝負になるはずがないのだが、魔法戦力まで揃ったいまなら打てる手があるのだ。


「ミリアリア、サリエリ」

「おっけぃ。フレアチックエクスプロージョンを~ 敵のど真ん中に撃ち込むんだねぃ」

「違うわ! 怖いわ!」


 サリエリの性質の悪い冗談に、思わず怒鳴っちゃったよ。

 いやまあ敵は密集しているわけで、それで一気に勝敗は決するけれども。

 さすがにまずいでしょ。あれは。


「にゃははは~」

「サリエリ。久しぶりにネル母さんと会ってふざけたい気持ちは判りますが、いまは戦闘中です。後ほどたっぷりいじり倒しましょう」


 ミリアリアが不穏なことを言う。


「そおだねぃ~」


 そしてサリエリが邪悪な笑みを浮かべた。

 やばい。

 俺の命は風前の灯火っぽいよ。


「それじゃあ、いっくよぉ。ウォータースプラッシュ~」

「なるほど、そういうことですか。ではわたくしも。恵みの雨よ」


 サリエリが精霊魔法で次々と巨大な水玉を撃ち出し、意図を察したメイシャが神聖魔法で雨を降らす。

 メッサーラ峠に。

 それだけならただの水芸だが、本番はこの後である。


「スリーウェイアイシクルランス! ダブル! トリプル! クァドラブル!!」


 ミリアリアの魔法が飛んだ。

 十二本のアイシクルランスである。さすがにそれより威力は劣るものの。『固ゆで野郎』や『葬儀屋』の魔法使いメイジたちも、連続して氷の槍を撃ち込む。


 たちまちのうちに、メッサーラ峠は巨大な氷の滑り台と化した。

 なすすべもなく、兵士や馬が滑り落ちてくる。


 岩などに捕まってなんとか滑落を止めようとする者もいたが無益だった。どんどん上から味方が滑ってくるからね。

 踏ん張りなんか利くもんじゃない。


 したたかに腰を打ったり、目を回したりしているダガン兵が峠の麓に溜まっていく。


「ルターニャの七百!」と、タティアナ。

「冒険者の諸君!」と、シュクケイ。

「アスカ! サリエリ!」そして俺。


『突撃!!』


 三人の指揮官の声が唱和した。


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