第182話 終戦の報


 先頭を駆けるのはもちろん闘神アスカだ。

 右手に聖剣オラシオン、左手に霊刀『月光』を掲げて。


 いや、ちょっと待って。

 そのカタナ、俺のじゃん。

 しかもあなた、べつに二刀流の使い手とかじゃないじゃん。


 適当な使い方をして壊さないでね? お願いだから。

 中央大陸じゃ修理もできないんだからさ。


 そんなことを思っちゃったわけだけど、マスルからセルリカやランズフェローにリアクターシップの定期航路が結ばれたって聞かされるのは、もう少し後の話だ。


 ともあれそこから先の戦闘は、これといって特筆するようなこともないままに終結する。

 陣形もなにもなくひとかたまりになっちゃってる兵なんて、アスカの敵じゃない。


 右に左に、ばっさばっさと切り捨てている。

 惚れ惚れするような武者ぶりだ。


 体勢の上でも戦意の上でも、まったく勝負になっていない。

 勝っているのは数だけで、ぶっちゃけ掃討戦と同じ次元だった。


 ダガン軍の総大将たるバッサム将軍はアスカに討ち取られ、副将のエムス将軍はライノスに倒され、参謀長のミシュルはタティアナに討たれた。

 結局、ダガン帝国軍は一万余の死体を遺棄して壊走する。


 撤退ではなく、文字通りの意味で壊走だ。

 無事本国に帰り着ける兵士はどのくらいいるだろうってレベル。

 まさに軍事史に刻まれるほどの大敗である。


 九百人に、二万人で負けたんだもの。

 敗戦の責任を取らされて、総大将が処刑されてもぜんぜんおかしくない。まあ、バッサム将軍はすでに死んでるけども。


 それに、責任を問うダガン皇帝も、もういないんだよね。


 四ヶ国同盟軍十四万が動き出すと同時に、ダガンの帝都ベイルズで暴動が発生し、武装蜂起した民衆たちによって皇帝ムラード以下、すべての皇族が処刑されてしまった。


 四ヶ国同盟軍は一度も干戈を交えないまま勝利し、ダガン帝国は事実上滅亡するに至る。


 もちろん国名は残るが、国としてはいままでの路線は取れないし、上層部ががらっと変わるわけだから、新しい国といっても過言じゃないだろう。

 新たな皇帝として登極する人物は、マスル王国に対して友好的な立場の地方貴族らしい。


 そして俺の誘拐事件は、いつの間にかうやむやになった。

 というのも、新生ダガン帝国にしても四ヶ国同盟にしても、都市国家ルターニャにしても、真相なんぞ究明したくないから。


 誘拐したのはダガン帝国で、戦争のどさくさで救出された。そんなしょうもないシナリオで充分なのである。


「結局、俺たちがなんにもしないうちに片がついてしまいましたね」

「そうでもないさ。ダガンに最後に残った組織的な武力をルターニャ方面に引きつけていたんだから、充分な貢献度といえるだろうよ」


 帝都方面の情勢をきいて肩をすくめた俺に、シュクケイが笑いかけた。





 メッサーラの戦いから二十日あまりが経過している。

 俺たちは戦後処理のため、いまだルターニャに滞在中だ。


 といっても、もう軍師に出番なんかない。

 遺体の埋葬とか、鹵獲品の分配とか、そういう雑事ばっかりだから。

 で、暇を持て余して俺とシュクケイは飲んでばっかりいる。


 とんだダメ男だ。


「そういえば母上、ルターニャからもらった報酬というのはなんだったのだ? とんでもないものだとユウギリが腰を抜かしていたが」

「そうなんですよ。面白いといえばたしかに面白いんですけどね」


 報酬は金貨や宝石ではない。

 考えようによってはそれ以上ともいえるし、それ以下ともいえる。


 ルターニャの領内にあるダンジョン『ミノーシル迷宮』。それそのものをもらってしまったのである。


 つまり今後、このダンジョンに潜って良いのは『希望』と、その許可を得たものだけだし、出土する宝物の所有権も『希望』に帰属するということだ。


「なにか歴史的な発見があるかもしれないし、なーんにもないかもしれない。まさに冒険者にはうってつけの報酬でしょう?」


 海のものとも山のものとも知れない。

 しかし、可能性だけなら無限だ。


「それはたしかに面白いな」

「戦後処理が落ち着いたら、ガイリアに戻る前に潜ってみようと娘たちと話していたんですよ」


 ユウギリを加えて七人チームとなったのだから、連携を高めておきたいってのもあるしね。

 実戦に勝る訓練はないから。


「俺も入ってみたいな」

「シュクケイどのが?」


 俺は首をかしげる。

 彼はセルリカっていう大国の宰相で、べつに金に困ってなんかいない。しかも今回の随員は強弓使いのコウだけだから、戦力バランスも悪い。


「そこは問題ないぜ! 俺たちとパーティーを組もう!」


 飲んでいた酒場にどやどやと入ってきたのは、ライノスやナザルといったガイリアの冒険者たちだ。


 今日の作業が終わったのだろう。

 そして、『希望』がダンジョンをもらったという話も、しっかり聞きつけているのだろう。


 アスカにしてもミリアリアにしてもメイシャにしても、秘密を保持できるわけがないからね。ぺらっぺら喋ってること万に一つも疑いない。

 サリエリやメグやユウギリがいくら堅く口をつぐんでいても無駄無駄。


「まさか、俺たちには潜らせないとか言わないよな。ライオネル」

「言うわけないだろ。アスカたちの頼みを聞いてくれた礼は、『ミノーシル迷宮』のフリーパスだ」


 人の悪い笑みで右腕を伸ばしたライノスの拳に、俺はこつんと自分のそれをぶつけた。

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