第179話 新戦法
ルターニャ兵が懸命に駆けたおかげもあって、俺たちは無事にメッサーラ峠の頂上に陣を敷くことができた。
もちろん地理的な要件もあるけどね。
峠までの距離はルターニャから半日、ダガンの帝都ベイルズからは七日かかる。
けっこうぎりぎりに出発したって大丈夫なのだ。
つまり、ここを抜かれたらルターニャの街はもう指呼の間ってこと。
あとがないのである。
ただ、それだけに補給線は短く、物資の面ではまったく心配ない。
むしろ長駆してルターニャにきているのだから、ダガン帝国軍の疲労もなかなかのものだろう。
つまり、補給と疲労という軍事上最も重要なファクターにおいて、ルターニャは非常に有利なポジションを占めているということだ。
もし兵力が同数だったら、普通に勝てそうなレベルなんだけどね。
「マスカレード軍師さま、敵影をとらえました!」
ピリムが報告を持って本陣に走ってきた。
ほほう?
予想より早いな。
てっきり一晩くらいは野営しないといけないと思っていたよ。
こちらが到着してから、三刻(六時間)後に到着なんて、最高のタイミングじゃないか。
野営なんかで疲れは取れないからね。
できれば回数は少ない方が良い。
対してダガン帝国軍が俺の予想より早く到着したってことは、強行軍だったということだ。
となれば……。
「迎撃態勢を取れ。敵は休息することなく仕掛けてくるぞ」
高みをとった方が有利。
これは攻城戦だろうが野戦だろうが変わらないが、こういう峠の戦いではとくに顕著だ。
ダガン帝国軍は長い長い上り坂を駆けあがってくるのである。
「盾かまえ!!」
タティアナの声が響き、直後におよそ人体同士がぶつかったとは思えない音が響き渡る。
メッサーラ峠の戦い、開幕だ。
道を塞いでいるタティアナ隊が抜かれてしまったら戦いは終わり。
だからここは絶対に抜かせるわけにはいかない。
配置してある兵も、精強なルターニャ軍においても選りすぐりだ。
「押せぇぇ! 押し返せぇぇ!!」
タティアナの檄が飛ぶ。
力比べだ。
峠道は、せいぜい五、六人が並んで歩ける程度の広さ。
ここをみっちりと密集して守るタティアナ隊三百名。
やはりダガン帝国軍も密集隊形で突進する。
「よし。両翼は攻撃開始」
岩の上や林の影から矢が放たれ、ダガン兵が次々に倒れていった。
正面から受け止める持久戦を得意とするルターニャ軍が伏兵を用いたことに、ややダガン兵たちが戸惑う。
それを見逃すようなタティアナではない。
「突き放せ!」
号令一下、強者どもがぐんと大盾を押し出した。
体勢を崩してしまうダガン兵。
彼らは急な上り坂で戦っているのだ、のけぞってしまったら大変なことになる。
「突き殺せ!!」
第二列の槍が、存分に敵兵の命を吸う。
踏ん張りが利かなくなったダガン兵が、次々と後列を巻き込んで転倒した。
そうやってどんどん死体が増えるから、ますます足場は悪くなる。
しかしダガン軍も必死だ。
味方の死体を踏み越えて攻勢に転じる。
「防げ!」
絶妙なタイミングで、タティアナが防御態勢を指示した。
「うまい!」
遠望していた俺が思わず両手を打ち合わせてしまったほど、それは完璧な前線指揮だった。
防御と反撃の間合いの取り方が神がかっている。
これだもの、俺たち『希望』だって苦戦するよね。
七百しかいないルターニャが、二万のダガンを圧倒している。
これにはもちろん理由があって、狭隘な山道が戦場だからというのが大きい。
ダガンは正面から攻めるしか方法がないのだ。
山の中を通って回り込むなんて芸当は大軍には不可能だから、あとは矢戦を挑むくらいしか方法がない。
ただ、それも難しいのである。
当たり前だけど、矢戦ってのは高いところを占めている側が有利だ。
下から撃ち上げた場合、有効射程距離だって短くなるし、正確な狙いもつけられない。
「撃ってくるぞ! 三列目は上方防御!!」
ぱらぱらと山なり軌道で飛んでくる矢を、兵たちは盾を掲げて防ぐ。
ルターニャ軍だけでなく、ダガン軍も同じだ。
味方の矢を防がなくてはいけないのである。
それが下から矢を射るということ。
精密射撃などできるわけもなく、完全に
密集隊形で戦闘中なのだから、当然のように味方の頭上にも矢の雨は降り注ぐ。
つまり、前方の敵だけに集中できないということ。
そしてタティアナの前に、集中力を欠いた姿を晒しちゃったらどうなるかという話だ。
「一列目、二列目!
槍を構えた二列目、剣を構えた一列目が一斉に武器を突き出す。
あっという間にダガン軍は五列目まで浸食され、蹈鞴を踏んでしまう。
その隙を見逃すようなタティアナじゃないんだよね。
「チェンジ!」
一から三列目までが全速力で後ろに下がり、代わって四から六列目が前戦に出てくる。
いままで待機していた元気一杯の部隊だ。
ほんっと抜かりないよね。
防衛戦だってことを完全に理解しているから、敵の劣勢に応じて深追いするんじゃなく、兵士の疲労回復を優先するんだから。
潮が引くように後退するルターニャ兵を追いかけようとしたダガン軍は、左右から飛んでくる矢に阻まれ、一歩も進めなくなってしまう。
射撃密度が半端じゃないからね。
当たり前の作戦だ、とタティアナに言われちゃったからさ。俺も少し工夫することにしたんだ。
左右両翼が斜め前の一点を狙って射撃する。
敵は、矢が交差するポイントを通らないと前に進めないって寸法だ。
「名付けて、
仮面をつけたまま、俺はにやりと笑ってみせる。
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