第178話 ダガン侵攻


 ようするに目立ちすぎたということだ。

 俺が銀仮面軍師として幾度もルターニャを勝利に導いている。

 このマスカレード軍師とやらと『希望』のライオネルを等号で結ぶのは、そう難しいことではないだろう。


 それに、ダガンとしてはどっちでも良いのだ。

 マスカレード軍師がライオネルだったら、生け捕りにして交渉の材料に使う。違ったら、都市国家ルターニャを寇掠して財貨を奪い、それを交渉の材料にする。


 どっちにしても自分の懐は痛まない素敵な策だ。


「つまり私たちとしては、お母さんを差し出せば戦火は避けられるということか」

「ああ。そういうことになるな」

「だ、だめです!」


 タティアナの冗談に俺が肩をすくめたら、なんとピリムが腰の小剣抜いちゃった。

 震える手でタティアナに向けてるよ。


「ほほう? ピリム。そなたは祖国よりもこの男の命を選ぶのか? それが誇り高きルターニャの民のやることだと」


 にやにやとタティアナが人の悪い笑みを浮かべている。


「意地悪なことを言うな」

「あ痛」


 こつんとタティアナの頭をチョップし、その手でピリムの蜂蜜色の頭を撫でてやった。

 可哀想に、涙目になっちゃってるじゃないか。


「俺を差し出してしまったら、自分たちが誘拐事件の犯人だとバレてしまうだろ。ダガンに罪を着せようとした謀略だったって」


 そんなことになったら、ルターニャに浮かぶ瀬はない。

 ダガンと四ヶ国同盟、両方から責められることになるだろう。下手を打てば、ダガンが四ヶ国同盟に加わる契機になってしまう。


 なのでルターニャとしては、事件への関与を絶対に悟られてはいけない。


「ま、戦うしか道はないんだけどな」


 ピリムの頭から手を離し、俺は唇を歪めた。


「いつものことだ。べつに珍しい話ではない」


 不敵な笑みをタティアナが浮かべる。






 ダガン帝国からルターニャに至るには、メッサーラ峠を抜けるしかない。

 ほかにも山道や林道はいくつもあるが、二万もの兵でそんな場所を通ることなんかできないので、素直に街道を使って行軍するしかないのだ。


 吟遊詩人の歌うサーガなんかでは山の中を通って敵の背後に出現する、なんてシーンがあるけど、あれはよほど山に慣れた人じゃないと無理だ。


 山ってのは人間を拒絶しているわけじゃないんだけど、かといって歓迎してるわけでもないんだよね。

 舐めてかかったら簡単に死んじゃうのさ。


「迎撃地点はここだな」


 俺は軍略地図の一点を指さす。

 峠の頂上部だ。

 ここに堅く陣を敷き、坂を上ってきたダガン帝国軍をひたすら叩く。


「なんだ。当たり前の戦略ではないか。お母さん」


 微妙にがっかりした顔のタティアナである。

 アンタは俺になにを期待しているんだ。


 軍師は魔法使いじゃない。

 あっと驚くような新戦法なんて、出てくるわけないじゃないか。


「奇策が通用するほど弱い相手じゃないだろう。タティアナ」

「ほう? つまり私たちは奇策が通じるほどの弱兵だったということだな」


 模擬戦で俺に負けたこと、根に持ってるなぁ。


 ていうか、ツーマンセルは奇策でもなんでもないって。

 むしろ軍略の基本といっても良いくらいだよ。


 戦力の最小単位を一じゃなくて二と考えるってのはさ、部隊を有機的に結合させる上でかなり大事なことなんだ。

 七百人のルターニャ兵じゃなく、三百五十組のルターニャ兵。

 このツーマンセルをいくつか束ねて中隊とし、中隊をいくつか束ねて大隊とする。


「受けは密集陣形ファランクス。これを百五十組三百人で形成する。で、左右両翼百組二百名ずつ。予備兵力はおかず、本陣には俺の他に伝令だけいてくれれば良い。タティアナは中央を頼む」

「心得た。ひたすらダガンの痩せ犬どもを殺せば良いのだな」


 大変に好戦的な笑みだ。

 じつは彼女、総指揮を執るより、前戦で戦いながら指示出しをする方が好きなんだそうだ。

 中隊長くらいだった頃がラクで良かったと常日頃から口にしている。


 それで良いのかルターニャの盟主よ。


「正直、これで勝てるわけじゃないってことは憶えておいてくれ」


 ルターニャは七百名。ダガンは二万名。

 この兵力差で勝てる方法があるなら、そもそも軍略なんてもんは必要ない。

 できるのは時間稼ぎだけ。


 反対側で四ヶ国同盟軍が動き出せば、ダガン軍はルターニャどころではなくなる。

 それが狙いだ。


「もちろん判っている。しかし、勝ってしまっても問題はないのだろう?」

「またそういうことを言う……」


 俺は深くため息をついた。

 タティアナをはじめとしたルターニャの兵って、とっても好戦的です。


 しっかり手綱を握っておかないと、どこまででも突進しちゃいそうで、お母さんハラハラだよ。


「とにかく、峠の頂上に陣を敷けるかどうかで作戦の成否が決まるといっても言い過ぎじゃない。すぐに出発するぞ」

『おお!』


 兵たちが勢いよく呼応し、作戦室を飛び出していく。


 俺のそばに残るのは伝令役のイザーク、ピリム、トニーという少年少女だ。

 この三人が俺の言葉を、それぞれ前線の指揮官に届けてくれる。

 地味だが重要な役割なのだ。


 イザーク少年などは正規兵に選ばれなかったことを悔しがっていたけど、前戦で戦うだけが兵士の花道ではない。


「さあ、俺たちも行こうか」


 そう言って、俺はもはやトレードマークになりつつある銀の仮面を装着した。

 

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