第177話 マスカレード軍師


 ルターニャ兵を指導することになった。

 いや、わかってる。なにやってんだって話だよな。


 マスルに残してきた『希望』のことは気になってるんだけどさ。ルターニャを取り巻く状況を知ってしまうと、さすがに知らん顔はできなかったんだよ。


 もちろん俺はルターニャが豊かな国だと思っていたわけじゃない。

 七百人しか兵士がいないって部分から逆算すれば、だいたいの国力って目星がつくからね。


 国の豊かさと人口ってのは比例するし、人口と兵数ってのも比例する。

 簡単にいうと、食わせるものがなければ兵隊を養うことはできないってこと。


 で、都市国家が七百名の職業軍人を抱え込むってのは、けっこう無理をしているってことなんだよな。

 そういう無理をしないといけないのがルターニャの現状だ。


「左翼。前進しすぎるなよ。むしろ少し後退して敵を吸い出せ」


 俺の指示を持って伝令のピリムが走り、やがて左翼の百五十名がじわりじわりと下がり始める。

 釣られるように山賊の一部が突出してきた。


 山賊ってレベルじゃないけどね。規模は二千人以上だし。


 ようするに、ダガン帝国の圧政を逃れて国外へ脱出した人々が、統制を失って暴徒化してしまっているのである。


 そしてそういう人々は、食料や水、財貨を求めてルターニャのような都市国家に押しかけてくるわけだ。

 言葉を飾らずにいうと、襲撃してくる。


 死にそうなんだ助けてくれ。お前らの持っているものを全部俺たちに与えてくれ、とね。

 これがダガン人気質だとするといささか救われないが、当然のようにルターニャにしても他の都市国家にしてもそんな要求はのめない。


 むしろこのあたりの都市国家群は、一切の難民を受け入れていないらしい。


 住まわせてやる土地がないから、というのが主な理由だけど、都市一個しかない国なんだから無原則に余所者を囲ってやることができないのも事実だ。

 辺境開拓にでもあたらせるっていったって、そもそも辺境なんてものを持っていないんだから。


「タティアナ。敵軍のバランスが崩れる。三十ばかり率いて横腹を突いてくれ」

「承知した。勝ったな。銀仮面マスカレード軍師」

「最後まで気を弛めるなよ」


 左翼が後退し、右翼が前進したことで、ルターニャ軍は斜線陣に移行することができた。

 結果、山賊軍は左側に対して側背を晒すことになる。


 そこにタティアナが率いる三十名が突入した。

 一気に総崩れになる山賊ども。


 ルターニャ兵はもともとものすごい強いから、一対一で山賊ごときが戦えるはずもない。これに俺はツーマンセルという陣形を教えた。

 二人一組で山賊ども叩き潰していく。


 猛烈な速度で。

 タティアナの言葉ではないが、勝利が確定した。


「マスカレード軍師! マスカレード軍師!」


 兵たちが歓声をあげている。

 うん。もうちょっと格好いい呼び名が良かったな。

 たしかに目元を隠す銀色の仮面をつけてるんだけどさ!






 いやあ、さすがに素顔を晒すわけにはいかないでしょ。

『希望』のライオネルは何者かに誘拐され、消息不明なんだからさ。


 そしてその何者かってのはダガン帝国ってことになってるんだからさ。


「そのダガンに対して、四ヶ国同盟が宣戦を布告し、国境に戦力を集結させつつあるらしいぞ。ライオネル」

「誰の書いたシナリオかは判らないけど乗っかってしまおうって腹だな。さすがイングラル陛下だ。そつがない」


 タティアナがキャッチした情報に俺は頷いた。


 ルターニャにきてから二ヶ月。

 四ヶ国連合はダガンを滅ぼす準備が整ったということである。

 俺の誘拐って大義名分を得てね。


「おそらくその前に身柄の引き渡し要求とかされたんだろうけど」

「ない袖は振れぬ道理だな。ダガン帝国上層部はさぞ困じ果てたことだろう」


 タティアナが笑う。


 政庁である城の一角、客間の一つにおれは逗留している。

 盟主タティアナが保護した記憶喪失の旅人、という設定だ。あと、顔にやけどの痕があるから仮面で隠してるんだってさ。


 たまたま軍事的な才能があったため、ルターニャ軍の顧問に就任した。

 よくもまあそんなに口からでまかせを並べられるなって勢いで、俺の地位は定まったわけである。


「困っているばかりではないさ。彼らだって馬鹿じゃない。善後策を講じてくるはずなんだ」


 俺は腕を組んだ。

 相手がマスルだけでも大敗を喫したばかりなのに、四ヶ国が相手では勝算の立てようがない。


 となれぱ交渉に活路を見出すしかないのだが、ダガン帝国は交渉の材料を持っていないのである。

 つまりライオネルの身柄ね。


 これがない以上、お得意の、人道がーとか、民草の命がーとか、そういうのを前面に押し出した交渉しかできない。


 けど今回、ダガンは侵略する側ではなくてされる側である。

 人道云々を口にしたところで、鼻で笑われるだけだ。

 侵略軍に人道があるなら、そもそも侵略なんかしないって話だからね。


「善後策もなにも、覚悟を決めて戦うしかないのではないか?」

「そうなんだけどさ、戦う相手が四ヶ国同盟じゃない可能性もあるんだよな」

「というと?」

「それは……」

「大変です! ライオネルさま!」


 タティアナの質問に答えようとしたとき、扉を蹴破るような勢いで少女が飛び込んできた。

 俺の副官兼伝令役を務めてくれていてるピリムという蜂蜜色の髪と瞳をもった数え十三歳の女の子である。


「ダガン帝国軍約二万が、ルターニャに向けて進発したらしいと、密偵の報告です!」

「ほら、おいでなさった」


 苦笑を浮かべ、俺は肩をすくめてみせた。

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