閑話 ジークフリートふたたび


 四ヶ国同盟の連名にて、ある布告がだされた。


「マスル王イングラル、ガイリア王ロスカンドロス、ロンデン王シュメイン、およびピラン卿ザックラントの共通の友人であり、悪魔討伐に多大な功績のある冒険者クラン『希望』のライオネル氏が誘拐され、現場にはダガン製の剣が残されていた。我ら四ヶ国同盟は犯人をダガン帝国と断定し、ライオネル氏の身柄返還を要求する。ダガン帝国が即刻これに応じぬときには、断固として宣戦を布告せざることあたわず」


 ようするに、ライオネルを返せ、返さないなら戦争だ、という意味である。


 この通達に最も驚いたのは、とうのダガン帝国だろう。

 彼らはライオネルを拉致などしていない。

 いないものは返しようがない。


 言いがかりだと外交の使者を通じて中央大陸中に主張したが無益であった。


 なにしろ言いがかりはダガン帝国のお家芸であったし、その主張が届くよりずっと先に、マスルの火消しピースメイカーたちが情報工作をおこなっていたからである。

 世界的な世論はダガンにとって大変な逆風となっていた。


 国家が一個人を誘拐する。

 しかも世界的な英雄といっても過言ではない『希望』の一員だ。

 ありえないような事態だからこそ民衆の怒りは大きかった。


 魔王にさらわれた姫君を助けだせ、という勢いである。

 ライオネル本人が聞いたら、だれが姫君だこのやろーって怒りそうな話ではあるが、姫と呼ばれなければお母さんと呼ばれるだけなので、たいして変わらないのだった。


 ともあれ、四ヶ国同盟は着々と兵を送り、ダガンとマスルの国境に集結した。

 その数じつに十四万。


 総指揮を執るのは、名将と名高いガイリア王国のカイトス将軍である。

 ライオネルが拉致されてからわずか二ヶ月で戦争の準備は整った。

 異常といって良いスピードは、四ヶ国同盟の本気度の表れといえるだろう。


 ようするに、この機に乗じてダガンを滅ぼしてしまおう、というのが基本骨子なのだ。


 最も積極的に動いていたのがイングラルである。

 なにしろ彼が、ダガン帝国には散々手を焼かされてきたから。


 毎年毎年、経済支援を要求され、断れば人道を持ち出され。

 あげく、国民の人気取りのためだけに攻めてくる。

 こんな国が隣にあったら、安心して国内発展もできない。


 滅ぼして一気に禍根を断つための機会だと考えたわけだ。

 なにしろどんなに攻撃しても、ライオネルが人質に取られる心配がないのだから。


 ただ、イングラルが親征したり、マスルの有力な将軍が出るのはあまりよろしくない。私怨だと思われてしまう。


 なのでカイトス将軍が出馬した。

 公明正大な人柄が知られていたし、早くからライオネルの才能を認めていた人物としても有名だったからだ。


 友を救うための戦である。

 兵たちの士気も高い。







「なんだか大変なことになっちゃったね!」


 ジークフリート号の操縦席で、きゃっきゃとアスカが笑う。

 完全修復を終えたばかりのフロートトレインは、ダガン帝国を大きく迂回して都市国家ルターニャを目指していた。


「本当に母上は凄まじいな。救うために四つの国が動いてしまうのだから」

「ええ。遠くセルリカから駆け付けてくれる親友もおりますし」


 車長席のシュクケイに、ミリアリアが笑いかける。

 四ヶ国同盟軍が戦闘準備を整えるまでの二ヶ月間、『希望』は遊んでいたわけではない。

 マスル王イングラルの力を借りて、様々な工作をおこなっていた。


 リアクターシップでセルリカまで運んでもらい、シュクケイに助けを求めたのもそのひとつである。

 ライオネル危急のことがあればすぐに駆け付けようという約束していたシュクケイは、アスカたちの懇請に快く応え、生まれて初めての空の旅を経てマスルにやってきた。


 そしてイングラルと会談し、リアクターシップの航路をセルリカとの間に開くという合意に至ったのだが、それはまた別の話である。


 ともあれ、こうして『希望』は、ライオネルに代わって作戦を立て、指示出しができる人物を迎えることができた。

 そして『希望』の娘たちが東大陸に赴いている間に、懐かしのジークフリート号の修理が完了したのである。


『希望』とジークフリート号が揃うことに意味がある。そうイングラルは考え、気前よく貸与した。


 このフロートトレインが初めて歴史の表舞台にあがったのは、第七次マスル・ダガン戦争のとき。

 以来、『希望』とともに武名を轟かせてきたのである。

 今回も、ライオネル救出という武勲をあげる予定だ。


「ネル母さんが捕らわれているのは都市国家ルターニャ。私たちはここに潜入して母さんをかっさらいます」


 ぐっと拳を握るミリアリア。

 幼さを残した顔に緊張が走るのは、どうやらダガン帝国もライオネルの居場所を掴んだらしい、という情報をキャッチしたからだ。


 彼らが生き残る道は、自分たちの手でライオネルを捕らえ、その身柄をもって四ヶ国同盟との交渉に臨むしかない。

 つまり間違いなくルターニャに攻め入るということだ。


「ほんっとに、あのバ母さん。なんでルターニャで武名をはせてるんですか。仮面軍師とか、意味不明なんですけど」


 緊張を通り越して怒り始めた。


 ここ一ヶ月ほどで、急に有名になった人物である。

 いつも銀のマスクを装備して顔を隠した軍師。

 彼がルターニャに加わってから、七百しか兵のいない都市国家が連戦連勝となった。


 その仮面軍師とやらがライオネルであることを、娘たちはまったく疑っていない。


 どうせ、ルターニャの人々が困っているのを見捨てられずに、妙な扮装をして指揮を執っているのだろう。


「ほんっとにバカなんですから」

「ミリミリぃ。怒ってばっかりいると老けるよぉ」


 背後に忍びよったサリエリが脇の下をくすぐる。


「あひゃひゃひゃ! ちょ! やめ!」

「笑って笑ってぇ」


 強制的に笑わせられている。


 その横ではメイシャがひたすらお菓子を食べ続けている。


 操縦席ではアスカとメグが談笑しながら、てきとうな操縦で障害物を避けている。


 なんというか、とってもフリーダムだ。


「……俺はこの子たちをちゃんと統率できるんだろうか」


 内心で呟くもう一人の天才軍師、シュクケイである。

 翌日にはジークフリート号がルターニャの領域に侵入できるだろう。

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