第176話 強いがゆえの弱点


 ルターニャの兵は強い。

 それは間違いのない事実だが、その精強さにこそ落とし穴がある。


 頑強で責任感に溢れ、なんでもかんでも背負い込もうとしてしまうのだ。

 自分が頑張らないと! という気概をみんな持っている。

 それはもちろんとても良いことだし、ルターニャの七百と呼ばれるほどに軍が名を馳せている理由でもある。


 俺は、そこにこそ弱点を見た。


 味方の危機に駆け付けることはできでも、味方に助けを求めることを躊躇ってしまう。

 自分のせいで仲間に迷惑をかけられない、と考えるからだ。


 これこそが、なんでもかんでも背負い込むルターニャ気質だ。


 それを利用するため、俺は新兵たちに二人一組ツーマンセルという陣形を教えたのである。

 この陣形は、フォーメーションとしての最小単位である二人で構成され、互いを補い合うというのが基本的な行動指針だ。


 背中合わせになって死角を作らないとか。一方が狙撃手、他方が観測手となって精密な射撃をおこなうとか。

 とにかく、なんでも二人でやりなさいってこと。


 状況をみれば、新兵のツーマンセルに対してベテラン兵が四人で向かってきているのだから圧倒的に不利だ。

 数の上ではね。


 ところが、ルターニャ兵は一人で頑張るというのが癖になっているため、二対四にはならないのである。

 二対一の戦いを四回するだけ。

 数の多い方に対して数的優位を確立できるのだ。


「最初の激突で十人以上の犠牲が出たのに、タティアナは撤退を選択しない。勇猛さは賞賛に値するが慎重さは落第点だぞ。そいつは」


 結局、こちらの謎陣形に突っ込んだ最初の一人がやられた。これが九ヶ所。こりゃいかんと助けに入った連中のうち、五人程度がやられたわけだ。

 典型的な二次遭難である。


 この時点で、普段通りに戦ったら犠牲が増えるだけだって判断しないと。


 まずはいったん退いて、実際に戦った連中などから情報を集め、それを元に作戦を再構築するのが正解だ。

 力押しで攻めきろうってのは、一番やっちゃいけないことである。


密集円陣ファランクスを組め」


 俺は短く指示を飛ばす。

 伝令役のピリムが俊足を飛ばして前戦に伝え、素早く陣形が変化する。


 まずは九名が大盾を構えて隣の僚友を守る。それでぐるりと円を描けば前後左右隙のない陣形の完成だ。

 そして中に九人が入り、それぞれのパートナーの背後に立って、盾の隙間から槍で攻撃する。


 移動にはまったく適さない陣形だが、堅く守るには最適だ。

 まして敵は、完全に頭に血が上ってるからね。


 力押しで崩そうとする。

 まさに槍の餌食だ。






「負けた。完敗だ」


 戦闘開始から四半刻(三十分)ほど経過して、タティアナが敗北を宣言した。

 狐につままれたような顔で。


 それは彼女だけの専有物ではなく、戦死していたベテラン兵たちが首をかしげたり頭を振ったりしながら立ち上がる。


 あ、もちろん剣は刃を潰してあるし、槍も先を丸めてあるので、戦死といっても本当に死ぬわけじゃないよ。

 自分が受けたであろうダメージをちゃんと想定して、戦闘継続が可能か不可能かを判断するのだ。


 僕はまだ死んでないもーん、なんてズルは許されない。

 戦争ゲームをやっているわけではなく実戦訓練である。兵たちにはそこまでの判断力が求められる。


 結局、ベテラン兵を率いたタティアナは四十名のうち二十七名を失うという大敗だった。

 対して俺たちは戦死者ゼロ。重傷が四名。


「完封してやるつもりだったけどな。こちらにも怪我人が出てしまった」


 俺は肩をすくめる。

 重傷というのは戦闘不能と同義だ。二十人の兵士のうち四人もの戦闘不能を出してしまったのは、そんなに褒められることじゃない。


 スタート時からずっと戦術的に相手をリードしていたにもかかわらず、それなりの損害を被ったのは、やはりルターニャ兵は精強だという証拠だ。

 ぶっちゃけ、ガイリアやロンデンの兵隊が相手だったら、完全試合パーフェクトゲームを演じることができただろう。


 そのくらい上手くはまった作戦だったのである。


「やめてくれ。半数の新兵に完封されるなんて、想像しただけで泣いてしまいそうだ。いまでも恥ずかしくて死にそうなのに」


 タティアナが両手を挙げる。

 ベテラン兵たちも、新兵たちの肩を叩いて褒めそやしつつも、かなり悔しそうな表情だ。


「軍師というものの怖ろしさを、私は今日初めて知ったよ」


 そう言ったタティアナが、なれなれしく俺の腰のあたりを叩いた。


 なんだろう。

 この人って盟主っていうより、俺が育った孤児院の先生みたいだ。

 あの人もやたらとボディタッチしてきたんだよな。いまでもたまに会うと、背中や腰をべしべしと叩いてくる。


「ダガン帝国のリチューと矛を交えてきたんじゃないのか? いままで」

「あの程度が軍師の能力なのだと、じつはお母さんをなめていた」

「あー……」


 ぼりぼりと俺は頭を掻いた。


 リチューっていうダガン帝国の軍師は、とことんまで才幹を発揮させてもらえなかったっぽい。

 第七次マスル・ダガン戦争のときも、彼の考えた作戦や提案を上が受け入れなかったみたいなことを言っていたしね。


「もしリチューがちゃんと才幹を振るえる状況だったら、タティアナたちももう少し苦労したと思うぞ」

「ほう?」

「結局、ダガン帝国は軍師の才能を生かしきれなかったってことさ」

「つまり国がバカなんだな」


 豪放磊落にタティアナが笑う。

 俺が飲み込んだ言葉をはっきりと口にしながら。

 なんとも豪快な盟主殿だ。


 

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