閑話 絶対に助ける


「行かないで! ライオネル!」


 叫びとともにアスカが跳ね起きた。

 シーツは寝汗でぐっしょりと濡れそぼっている。


「まだモツの傷が塞がったばかりですわ。無理をすると死んでしまいますわよ。べつに止めませんけど」


 冷然とした声が投げかけられる。

 ベッドサイドに腰かけたメイシャのものだ。

 つい先刻までは泣きそうな顔で回復魔法を使っていたのだが、アスカも危険な状態を脱し、安心して皮肉を飛ばせる状態になったのだろう。


「ここは……?」

「部屋ですわ。中庭では満足な治療ができませんから」


「そっか。わたしがやられちゃったから母ちゃんがさらわれて……」

「アスカがかばったからネルママが死なずに済んだのですわ。あの方の耐久力では即死は免れなかったでしょう。敵の攻撃はそれほどのものでしたわ」


 罪を背負い込もうとするアスカにメイシャが微笑みかけた。

 ただ、それは気遣いの嘘ではなく事実である。


 闘神と称えられるアスカだったから、勇敵四人の同時攻撃で即死しなかったのだ。おそらくライオネルだったら、全身をバラバラにされていだろう。


 そうなったら手の施しようがない。

 司教級のメイシャの回復魔法でも、死んだ者を生き返らせることはできないのだ。


 じっさい、アスカですらぎりぎりだった。

 左腕を切り飛ばされ、肝を貫かれ、脇腹は切り裂かれて腸がはみ出していた。

 この状態で死なないだけでなく敵の一人を屠ったのだから、闘神の面目躍如といったところである。 


「すぐに助けないと」

「アスカの頭には脳みそのかわりにたんぽぽの綿毛でも詰まっているのですか? まだ動けませんわよ」


「でも……」

「ミリアリアやサリエリたちが善後策を練っておりますわ。アスカは身体を治すことだけ考えなさいな。どの道あなたの武力が絶対に必要になるのだから。ネルママ救出作戦には」


 そういってメイシャが差し出したのはライオネルの愛刀たる月光だった。


「これは……」

「降伏するときに捨てたネルママの刀ですわ。アスカが預かっておきなさいな」


 こくりと頷き、アスカは月光をうけとる。

 そして鞘ごと抱きしめ、もう一度身体を横たえた。

 メイシャの言うとおり、いまは傷を癒やし英気を養うことが肝要である。


「まってて。必ず助けに行くから」


 ゆっくりと目を閉じる。






 アスカが寝息の立て始めるのを待って、メイシャは隣室へと移動する。

 そこにはミリアリアとサリエリとメグ、魔王イングラル、ロスカンドロス王、シュメイン王、ザックラントの六人が待っていた。

 一様に緊張した面持ちなのは、アスカの容体を心配していたからである。


「治療完了ですわ。朝にはいつも通り動けるでしょう」


 メイシャの言葉に安堵の空気が流れ、話し合いが再開された。

 ライオネルが拉致されたというのは誰にとっても衝撃で、かつ怒りを誘う出来事である。


「すぐに身柄の返還を要求する。もし断ってきたらダガン帝国という国を世界地図から消してやろう」


 イングラルが凶暴な笑顔を浮かべ、ガイリア王とロンデン王も大きく頷いた。

 連盟で宣戦布告をおこなうという意味である。


 軍師ライオネルというのは彼にとって共通の友人であり、ともに悪魔と戦った盟友だ。

 見捨てるなどという選択肢は最初からない。


「しかし、本当にダガンの仕業なのですかな?」


 首をかじけるのはピラン城主のザックラントだ。

 もちろん彼もライオネルには深い友情を持っているし、恩義も感じているが、まだ冷静さを保っているようだ。


「ダガンの他に、このような愚挙をおこなう連中を、俺は寡聞にして知らないけどな。ザックラントどの」


 ふんとイングラルが鼻息を荒くする。

 身内といっていいような間柄のものしかいないため、口調も一人称代名詞もかなりくだけたものだった。


 ロスカンドロスとシュメインが顔を見合わせて苦笑した。

 このような愚挙をおこなう人物に、他に心当たりがあったからである。


 その名をリントライト王モリスンといい、かつて彼らが仕えていた国の王様だ。ただ、この人はすでに冥界の門をくぐっているので、今回の件の犯人ではない。


「それですよ。イングラルどの。我々の攻勢を誘うような、こんなバカな真似をするのはダガン帝国だけ。私もそう思うんですよ」


 深沈と腕を組む。


 マスル、ガイリア、ロンデン、ピラン城の四国が強固に結びついていることについて、周辺諸国がどう思っているかといえば、じつは歓迎ムードだ。

 経済活動は盛んになり、その好景気の余波は他国にまで及んでいる。


 なにより、悪魔と戦うための強固な同盟だ。忌避する理由などどこにもない。


 会談の会場を襲うなど、それこそ一角を崩して後釜に座りたいダガンくらいしか考えないだろう。

 だからこそ、ザックラントは引っかかるのだ。


 わかりやすすぎる、と。


「なにか引っかかるんですよ。ただの直感にすぎないのですがね」

「参考になるかどうかわからないスが、いっこだけ意見いいスか?」


 メグが挙手するようにして発言を求める。

 もちろん否やはなかった。

 元盗賊風情が生意気な、などという妄言を吐く人間はこの場にはいない。


「敵が落としていった剣なんスけど、ダガンの作りなんスよね」


 メグの言葉に沈黙が落ちた。

 少しばかり露骨すぎる。

 誰もがそう感じていたからだ。


「そして、そんなに使い込まれているような感じじゃなかったス」

「…………」


 ふうとイングラルが息を吐いた。

 ダガン製とおぼしき、さほど使い込まれていない剣。

 しかし振るっていたのは、闘神アスカに致命傷を負わせたほどの使い手たちだ。

 このちぐはぐさが指し示す結論に、当代の魔王も気がついたのである。


 

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