第172話 アサシンの正体


「ところで、私たちがあの場にいた理由を、軍師ライオネルはどう考える?」


 対面の座席でルターニャの若き盟主が笑う。


「どうって言われてもな……」

「判らないかね」

「根拠のない推理で良いなら言えるけど」

「拝聴しよう」


 第七次マスル・ダガン戦争によって、マスル王国とダガン帝国の立ち位置に明確な変化が起こった。

 マスルは強者に、ダガンは弱者に。


 世界がこのふたつの国だけで構成されているなら、話はここでおしまいだが、もちろん他にも国はある。

 ルターニャだってそのひとつだ。


 ようするに、ダガンという国は相対的弱者としてマスルに圧迫される立場になったが、相対的強者として相変わらずルターニャを圧迫している。

 この状況が、ルターニャとしては面白くない。


 まあ、圧迫されて面白いと感じる人は滅多にいないだろう。

 ルターニャとしては、ダガンにはもっともっと弱体化してほしいわけだ。


 四ヶ国同盟に参加して国力を蓄えるなどもってのほか。むしろ四ヶ国同盟に睨まれて、にっちもさっちもいかなくなってほしい。

 なので、会場になったアップルリバルの温泉を襲撃した。


 あの襲撃をルターニャの仕業だなんて思う人間はいないからね。

 ぶっちゃけ俺だって、ダガン帝国がたくらんだことだと考えた。マスル以外の三ヶ国の元首のうちの誰かを殺し、その後釜に座ろうとしているのではないかと。


 そう考えれば筋が通るというより、ダガンならそうするだろうなって思っちゃうのは、ダガン帝国が幾度も幾度も厚顔無恥な要求を突きつけてくるせいだ。

 まさに自業自得である。


 ともあれ、ルターニャの作戦とは、ダガンが悪巧みをしているを思わせること。

 思わせるだけで充分で、実際に元首を殺すつもりはない。

 殺しちゃったら、その後釜にダガンが座るっていう最悪の未来を招来してしまうかもしれないからね。

 だから、ある程度騒ぎを起こしたら退くつもりだったんじゃないかな。


「けど、運悪く俺と鉢合わせてしまった」

「その通りだ。軍神ライオネル。我々の戦術目的はピラン卿ザックラントに軽傷を負わせること。理由はわかると思うが」


「ガイリアやロンデンの後釜にダガンが座った場合、求められるものも当然多くなるからな。最も国力の小さなピラン城の代わりを狙うのは、いかにもダガンが考えそうな手だ」


 俺は肩をすくめてみせる。

 いかにも、というのが大切なのだ。


 ダガンの仕業に見せかけた襲撃にリアリティを与えることになる。


 そんな見せかけの襲撃で殺された火消しピースメイカーは良い面の皮というところだが、そもそも謀略で人が死なないわけがない。


 ルターニャにとってダガンは敵だが、四ヶ国同盟だってべつに味方というわけじゃない。敵の敵だというだけの存在だ。

 マスルの兵士を殺すことを躊躇うわけがないのである。


「まさか音に聞こえた軍神と遭遇することになるとは想像の外側だった。不運を呪いそうになったが、筋としてはそう悪くないと思い直した」


 にやりとタティアナが笑った。

 迫力のある笑顔である。

 小なりといえどもひとつの国を率いる人間だ。肝の据わり方も半端ではない。


『希望』のライオネルといえば、魔王イングラルとも、ガイリア王ロスカンドロスとも、ロンデン王シュメインとも、ピラン卿ザックラントとも親交がある人物だ。

 そんなやつが害されたらどうなるか。


「四ヶ国同盟の名でダガンに宣戦布告くらいあるかな、と読んだんだが」

「まさに俺は犠牲の羊スケープゴートだな」


 国家の重鎮というわけでもないから、殺しても国際問題になんかならないしね。


「ところが、『希望』の強いこと強いこと。まさかシシリーがやられるとは思わなかった」

「謝罪はしないぞ。こっちもアスカがやられたからな」

戦場いくさばのならいゆえ互い様だ。恨み言ではなく単純に驚いたのだよ。軍神ライオネル」





 ルターニャの兵は強い。


 武芸百般を修め、まさに一騎当千なのだという。

 小国ゆえにこそ兵が少なく、少ない兵だからこそ精鋭でなくては意味がないってことらしい。


 俺は寡聞にして知らなかったんだけど、ルターニャの七百って呼ばれているんだそうだ。


 たった七百人しか兵士がいない国なのに、隣にダガン帝国があるのに、独立を保ってるんだから、そら一人一人が鬼みたいな強さだろうさ。

 そして一番強いのは、当然のように盟主タティアナなんだろうなぁ。


「正直にいうとな。軍神ライオネル。貴殿が戦闘を停止させてくれて助かった。あのまま戦い続けたら、どちらが勝っても大損害だっただろう」

「たしかに」


 アスカが倒れたとき、ミリアリアはスリーウェイアイシクルランスの詠唱を始めていたからね。

 サリエリの炎剣エフリートも炎を吹き出しかかっていたし。


 もうね。

 皆殺しにしてやる気合いが満々だったんだ。


 そしてそれはタティアナたちも同じで、おそらくひどいことになっただろうな。

 数瞬の後、立っているものは誰もいなかった、的な。

 こわいこわい。


「ピラン卿を傷つけることはできなかった。味方も一人失ってしまった。散々な襲撃だが、軍神ライオネルを拉致することができた。収支としては大きな黒字だな」

「さてさて。俺にそんな価値があるかな?」


 ザックラントに怪我をさせるより俺を誘拐する方が良いとか、さすがに少し過大評価すぎる。

 俺はやれやれと両手を広げてみせた。



 

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