第171話 降伏


 メイシャがアスカに駆け寄ろうとする。


 遠距離回復では間に合わないと判断したためだ。しかし、それを許すような柿色装束ではない。

 すぐに二人ほどが迎撃に動く。


 アスカに続いてメイシャまで斬られそうになったその瞬間、


「降伏だ! 降伏するからもうやめてくれ!」


 俺は叫んでいた。


 理屈もなにもない。

 娘たちがこれ以上傷つくのを見たくないだけだ。


 右手に握っていた月光を投げ捨てる。

 意味不明な行動に、一瞬、柿色装束たちが顔を見合わせた。


「軍師ライオネル。我々とともにきてもらおうか」


 リーダー格だろうか。

 初めて柿色装束の声を聴いた。

 頭巾を取ったその顔は、意外なことに若い女だった。


「娘たちに手を出さない。それが条件だ」

「了承した」


 女の言葉に、柿色装束たちが剣を収める。

 倒れているのは一人。こちらもアスカが倒れているから、双方の損害は同じだ。


 だからこそ、これ以上の戦闘を避けたかったのかもしれない。

 戦い続けたら、たとえ勝てたとしても損害は多大なものになるから。


 つまり、この女は部下たちのことを単なる道具とはみなしていない、ということだろう。


「では行こうか。あまり長居するのも申し訳がないしな」


 冗談を飛ばして、女が俺を先導するように歩き出した。


「だめ……母ちゃん……」


 地面からアスカが呟く。

 右腕だけでずるずる這いながら、なおも。


「メイシャ。頼む」

「はい!」


 俺の言葉にはっとしてメイシャがアスカに駆け寄り、最大級の回復魔法を使い始めた。

 在野ながらにビショップの称号を贈られた彼女は、切り飛ばされた腕だってくっつけることができる。


 俺は左右を柿色装束に挟まれて歩き出す。

 まさに人質だ。

 もう隠れるつもりがないのだろう。堂々とした足取りで宿の外へと向かう。


「助けるから! 必ず助けるから!」

「動かないでアスカ! 腕が変なふうにくっついても知りませんわよ!」


 背後から声が聞こえていた。


 うん。

 よかった。

 元気そうだ。






「狭いところだがくつろいでくれ」


 馬車に乗せられる。

 まったくなんの変哲もない普通の馬車だ。

 柿色装束たちも、あっという間にごく普通の商人っぽい格好に変わる。


隊商キャラバンか」

「旅をするのに、これ以上ふさわしい職業はないからな。適当に仕入れて適当に売っているだけで怪しまれない」


 苦笑をたたえた女が、俺にありふれた貫頭衣とチョッキを投げ渡した。


「俺にも変装させるのか」

「そんな血だらけでぼろぼろの服を着ていたら、どんな職業を名乗ったところでおかしいからな」

「もっともだ」


 夜着のまま戦っていたのである。

 深い傷こそないが血だらけだし、あちこち切れて、服というよりぼろ布という感じだ。

 どこの囚人が逃げてきたんだって思われても、まったくおかしくない。


「ついでだから手当もしてやろう。とっとと脱ぐと良い。じろじろ観察してやるから」

「いやーん。すけべ」


 ぐだらない冗談にくだらない返答をして、ぼろ布を脱ぎ捨てた。


「ふむ。軍師のわりに、なかなか鍛えられた良い筋肉だな」

「ほんとにじろじろ観察するんかい。天賦は軍師だがジョブは剣士なんでね。それなりに鍛錬はしているさ」

「私のイメージでは、軍師というのはなよなよしたものだがな」


 シニカルな笑みを浮かべる。


 どうだろうな。

 そんなになよっとした軍師って、むしろ俺はあまり知らない。

 ガイリア王国軍の総参謀長のキリルくらいかな。あの人って天賦は軍師だけどジョブは薬師だから。


 シュクケイは普通に戦えるし、敵として出会ったリチューにはそれなりの怪我を負わされた。


「それよ。リチューごときに後れを取ったときいていたからな。武勇はからっきしなのだろうと思っていたのだ」


 ほう?

 リチューを知ってるってことを隠さないんだ。


「ダガン帝国では、国のために戦って死んでいった者を、ごとき呼ばわりするんだな」

「ダガンの礼儀など私は知らん」


 あれ?

 こいつ、ダガン帝国の人間じゃないのか。


「都市国家ルターニャ。きいたことがないかもしれんがな」


 女が肩をすくめる。

 きいたことがないとまではいわないが、じつはそれにだいぶ近い。国名くらいしか知らないのだ。


 マスルの西のダガン。その南西にある都市国家。

 ぶっちゃけ元首の名前すら知らない。


「元首の名はタティアナ。ようするに王ではなく盟主と呼称される。年齢は数え二十五で髪は茶色。目も同色だがやや色が濃い。女にしては大柄で、軍師ライオネルより少し背が低い程度だな」


 とうとうと女が語る。

 俺は頭を抱えたくなった。

 なにしろ、いま挙げた特徴とまったく合致する人物が目の前に座っている。


「よく似た他人、とかいうオチだったらいいなぁ」

「いや? 普通に私がタティアナだ」


 するってぇとなんですか、奥さん。

 王様だか盟主だかが、自らわずかな手勢を率いて、四ヶ国会議の会場に忍び込んだってことですかい?


 はぁぁぁぁ、と、俺は盛大なため息を吐く。

 俺の周囲にいる王様たちって、すこしエキセントリックすぎるよ。


 なにかっちゃ「助けてライオネルぅ」って頼ってくる王様とか、兵士に化けて王都の城門いる王様とか、単身でふらふら交易都市に出かける城主とか。

 バカばっかりだ!


 そして極めつけのバカが、俺の前に現れたよ。


「あー、初めて御意を得ます。ガイリアの冒険者クラン『希望』のライオネルです」

「稀代の天才軍師ライオネルだろ」

「そんなこっ恥ずかしい自称は、一度もしたことがありませんって。タティアナ陛下」


 俺はものすごく嫌な顔をした。




 

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