第167話 首脳会談


「お母さん。よくきてくれた」

「お久しぶりです。イングラル陛下」


 リーサンサンの飛行場まで迎えにきてくれた魔王と握手し、抱擁を交わす。

 さすがリアクターシップの本拠地だけあって、王城の近くに専用の発着場があるのだ。

 修理や整備をおこなうためのドックも併設しているらしい。


 まず、この空飛ぶ船があるというだけで、マスル王国の軍事的優位って動かないのだ。

 どこのどんな国だって、上空からの攻撃に対する備えなんてないもの。


 もしリアクターシップでガイリアシティを攻められたら、俺だってちょっと対応策が思いつかない。

 こちらの攻撃範囲外から槍の雨でも魔法の雨でも降らせることができるってことだからね。


 頑丈な建物に避難して矢弾の尽きるのを待つってくらいかなぁ。

 その間に別の場所……たとえばリーサンサンに攻撃を仕掛けて、リアクターシップが帰る場所をなくしてしまう。そう思わせるだけでも好きなように飛び回ることはできないはず。


 いやぁ、タメか。

 マスルは陸軍だって強いんだよ。

 普通に会戦のさなかに上から攻撃されたら、どうにもならん。


 こっちは平面で考えてるのに相手が立体的に動いてきたら、もう勝算なんて立つわけがないじゃん。


 イングラル陛下はリアクターシップを戦争に使うことはないって言ってるけどさ。

 追いつめられたら使う。

 これは仕方がないことだ。


 滅びるかどうかの瀬戸際で、一発逆転の方策があるのに使わないようなやつに一国が治められるわけがない。


 ようするに、良心的でいられる範囲においては良心的だよってことなんだよね。

 それは、イングラル陛下が甘い御仁だって意味じゃない。


 リアクターシップにフロートトレイン。これらを使って貿易はしているし、他国に充分な利益をもたらしているけど、技術的な供与はしていないってのが遠回しな証拠になるかな。

 軍事的な優位性はきっちりキープしているんだよね。


 それが判っているから、ロスカンドロス王もシュメイン王も喧嘩するより仲良くする道を選んだって話さ。

 まあ、ザックラントさんはもともと平和主義者だから、最初から戦うつもりなんかないだろうけれどね。


 そんな状況下で嫌がらせを続けているダガン帝国って、ちょっと計り知れないよな。どういう思考回路してるんだろ。


「これ、ランズフェローのお土産です。ミレーヌさんにも」


 俺は背負い袋マチルダのなかから木彫りの熊を取り出して、魔王とその秘書に手渡す。


「お、おう。なかなかにいい細工だな」

「ですね。魔王陛下の執務室に飾りましょう。私の分も」

「え……?」

「私の分も」

「……はい」


 気に入ってもらえたようだ。

 やっぱりイングラル陛下は違いのわかる男だね。


「ともあれ」


 ごほんと咳払いして魔王は侍従にお土産を渡した。飾っておけとか命令しながら。


「お母さんが首脳会談に加わってくれるなら、こんなに心強いことはない」

「まあ、俺もダガンとは因縁がありますからね」


 イングラル陛下に肩を叩かれながら、俺は王宮へと案内される。

 といっても、首脳会談の場所はここではない。

 リーサンサンから一日の距離にある温泉都市、アップルリバルである。





 俺たちが初めてマスル王国を訪れたときにも、アップルリバルには宿泊している。


 川の水を汲んで沸かした釜風呂と温泉との違いに感動したのも良い思い出だ。

 いまのクランハウスにはちゃんとお風呂も脱衣所もあるんですよ。奥さん。


「でも、どうしてリーサンサンでやらないんですか?」


 対面の座席に腰かけたミリアリアが首をかしげた。


 リーサンサンからアップルリバルへの移動は特別列車である。ジークフリート号の後継機であるグラム号は、純マスル産のフロートトレインの一番機で、性能的にも遜色ないらしい。


「王都とか首都とか呼ばれる場所で首脳会談ってのは、あんまりやらないんだよ」


 友好国の首脳だけでなく、その令夫人なども同行しているからだ。

 警備って観点からいえば見劣りするんだかんけど、やっぱり景勝地が選ばれることが多い。

 自国の豊かさを見せる、というのもひとつの目的だ。


 がっちがちに警備を固めた王城で開催して、この国って余裕がないのかなって思われる。

 それは、国としての矜持が許さないのである。


「そんなもんですかね」


 あんまり納得していない魔法使いだが、こればかりは仕方がない。

 冒険者なんて基本的に実際家だからね。

 プライドだの誇りだのでメシは食えないからね。


「現場サイドからぁ、いわせてもらえばぁ、要塞とかでやっくれって感じだけどねぇ」


 のへーっと言ったサリエリが両手を広げてみせる。

 なにしろ彼女は特殊部隊の出身だ。今回の首脳会談でも火消しピースメイカーたちが総動員されているんだろう。

 影ながら各国首脳を守るために。


「ていうか、名目的にはオレたちも護衛スよね」

「そそそ! だから武装しててもOKなんだよね!」


 窓際の席に陣取っているメグとアスカがきゃいきゃい騒いでいる。

 そして無言を貫いているメイシャは、ひたすらお菓子を食べている。

 まあ、いつも通りの光景だ。


 到着まで一刻(約二時間)ほど。徒歩だと一日かかるのに、フロートトレインならあっという間である。

 なんだか中央大陸がどんどん狭くなってる気がするよね。


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