第12章

余話 そのまえの物語


 そもそも、四ヶ国同盟とは通商条約ではない。


 マスル王国、ガイリア王国、ピラン城、ロンデン王国は経済的な理由で結びついているわけではないのである。

 悪魔の脅威に対抗するというのが、なによりも第一義だ。


「もちろん、活発な交易がおこなわれているのは事実だし、それによって四ヶ国が莫大な利益をあげていることも事実なんだけどな」


 ふうと魔王イングラルがため息をつく。


 執務机の上には書簡。

 隣国であるダガン帝国からもたらされたものだ。


 内容は非常にシンプルである。

 同盟に加えてほしい、と。そしてそのことについて、マスル王国が他の三国に根回しをしてほしい、と。


 つらつらと書かれた社交辞令を外せば、ようするにそういうお願いだ。


「なにがすごいって、彼らが我が国に戦争を仕掛けてから一年も経っていないってことですね」


 秘書で愛人のミレーヌが、やれやれと両手を広げる。

 厚顔無恥もここまでくればいっそ見事だ。


「きっと彼らの中では、この前の戦争などなかったことになっているんだろうよ」

「あるいは、マスルから攻め込んだことになっているかですね」

「ありえるな。戦争のことは水に流してやる・・から、利益を食ませろってところか」


 げっそりだよとイングラルが苦い笑いを浮かべる。


 もちろんダガン帝国からの親書には、利益が欲しいなんて一言も書いていない。

 ともに悪魔の脅威に備えましょう、みたいなことが美辞麗句で飾られているだけだ。


「ていうか、こないだの戦いで四万以上死んでるじゃないですか。どうやって悪魔と戦うつもりなんです?」


 ミレーヌが首をかしげる。

 現状、ダガン帝国軍の戦力は払底しているはずだ。

 人材的にも大将軍クライも軍師リチューも死んでいる。万単位の軍を指揮できるものなど、はたして何人残っていることか。


「いやあ、戦うつもりなんかないだろ」

「というと?」


「戦力が回復し、人材が育つまで、我々に守ってくれってさ」

「え? バカにしてます?」


「ついでに、金と技術も回してくれってところだろうな。国力的に劣るから、助けてもらうのが当たり前だと」

「……滅ぼしますか?」


 ミレーヌが半眼になる。

 気持ちは判る、と、魔王は肩をすくめた。


 現状、ダガン帝国はマスル王国に対抗できない。戦力的にも経済的にも。

 第七次マスル・ダガン戦争の結果は、それほど大きかった。


 このままでは、差はどんどん広がっていく。

 それを回避するための、たったひとつの冴えたやり方が、四ヶ国同盟に加わって、他の国の力を吸収してしまうこと。


 で、戦力が整ったら、またマスルを圧迫する。

 ミレーヌの過激なプランを実行するのはまずいが、イングラルとしても不本意さを禁じ得ない。

 将来的に敵になるって判りきってるのに助けてやるなんて、そんな酔狂者は物語の中にしかいないだろう。


「外交合戦になったら、自国の窮状とか訴えてくるんだろうなぁ。面倒くさいなぁ」

「いっそ戦争を挑んできてくれた方がラクですね」


「まったくだ。ともあれ俺ひとりで話は進められない。ガイリア王ロスカンドス、ロンデン王シュメイン、ピラン卿ザックラントに連絡を取ってくれ。至急で頼む」

「承知しました」


 ミレーヌが頷いた。

 すでに魔導通信の設備が敷設されているため、時差タイムラグなしで首脳会談が可能なのだ。

 ただ、元首たちはそれぞれ多忙だから、スケジュールの調整は必要になる。


「ところで、連絡するのは各国首脳だけで良いんですか?」


 くすりと悪戯っぽい笑みを浮かべる秘書。


「愛しのお母さんに報せなくて良いのかな、と」

「愛しとか言うなよ。でも、たしかにあいつがいれば色々と有利になるな」


 しばらく会っていない冒険者の顔を思い浮かべる。

 いまは遠くランズフェローの地で、修行しているはずだ。


「ですです。まさにあの御仁はフリーの外交官ですから」


 謎の肩書きをつけるミレーヌだった。

 フリーな立場で外交というのはちょっとありえないのだが、それを可能にしてしまう男が世界に一人だけいるのである。


「ソンネルを迎えに行かせよう。こちらも手筈を整えてくれ」

「了解しました。今日中に出発させます」


 律動的な歩調でミレーヌが執務室を出て行く。

 秘書であり愛人でもある美女の尻を見送りながら、イングラルはデスクに肘をついた。


「すまんな、ゆっくりさせてやれなくて。だが中央大陸は、お母さんを必要としているらしいぞ」


 誰にともなく呟く。

 セリフは殊勝だが、魔王の顔には「ぜってー巻き込んでやる。俺だけ苦労してたまるか」と、大書きしてあった。


 麗しき友情である。



 

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