閑話 お迎えきちゃった


 剣術道場での最終試験にライオネルが挑んだ翌日、予定通り月光が完成した。

 黒の中にごく淡く青色が入った鞘と十五夜を意匠化した鍔が、この世のものとも思えないほどに美しい。


「ルーベルシーを救った英雄の愛刀ってんで、装具屋も気合いがやたらと入ってね。なんだかこっぱずかしいくらいに格好いいカタナになっちまった」


 宿まで完成品を届けにきたクンネチュプアイが笑う。


「たしかにちょっと畏れおおいよな」


 受け取るライオネルも苦笑いだ。

 月の力を宿した霊刀である。剣士とはいえ近接戦闘を専らとはしていない軍師には少しもったいない。


「ライオネルに過ぎたるものってやつの、二つ目だな」

「へえ? 一つ目はなんなんだい?」

「もちろん娘たちさ。俺にはもったいないくらいの傑物たちだからな」

「へいへい。ごちそうさま」


 惚気とでも受け取ったのか、クンネチュプアイは辟易したような顔で料金を受け取り、帰っていった。


 これで、ランズフェローにおけるライオネルの用事はすべて終わったことになる。帰り支度を整え、明日か明後日にはルーベルシーを出立することが可能だろう。


「……いざ離れるとなると、やり残したことが多いような気がしてしまうよな」


 呟いて、ライオネルは宿を出る。

 向かう先は市場。

 知人たちに土産物でも買おうかと思ったのである。工芸品か美術品でも。


 中央大陸とは文化のまったく違うランズフェローだ。

 ジェニファやアニータにも物珍しがられるだろう。


「魚をくわえた熊の置物か。これも珍しいよな」


 露店をひやかしながら歩く。


 と、にわかに周囲が騒がしくなった。

 商人も客も空を指さして叫んでいる。天の船そらふねだ、と。


 視線を上空に転じれば、見覚えのある影がはるか遠くに浮かんでいた。

 ミスル王国が誇る空飛ぶ船、リアクターシップである。

 それが一瞬ごとに大きくなっていく。


「なんだろう。ものすごく既視感のある光景なんだが」


 盛大なため息をライオネルが吐き出した。






『希望』は行方不明になっていたわけではない。

 ランズフェロー王国のルーベルシーに長く滞在することは、ちゃんと手紙で報せてある。

 もっとも、その書簡が届くまで一ヶ月くらいはかかっただろうけれど。


「ソンネル船長。久しぶりです」

「お母さん。会いたかったよ」


 親しげに抱擁を交わす男二人。

 ルーベルシーの街壁の外に着利したリアクターシップのタラップから降りてきたのは、ライオネルにとっても旧知の人物だ。


 すわ襲撃かと警戒したアサマたちには、おそらく自分を迎えにきたのだろうと説明してある。

 そうじゃなければいい、と思いながら。


「ちょっと厄介ごとが起きたんだ。母さんたちにも至急もどって欲しいって、王様たちがね」

「またですか。またダガン帝国でも攻めてきましたか?」

「当たらずといえども遠からずだな。彼の愛すべき隣国さまが関係しているのは間違いない」


 皮肉げに言って皮肉げに唇を歪めるソンネルである。

 この人が大のダガン嫌いであることを知っているライオネルは肩をすくめただけであった。


 ともかく、ダガン帝国が絡んでいるというなら、『希望』としても無視はできない。

 彼は娘たちに出立の準備を急ぐように伝える。


 反発はなかった。

 むしろ、荷物をたくさん持って行けると喜んだくらいである。


 コメやスパイスなど、ガイリアに持ち帰りたいものがたくさんあるのだそうだ。


「そして一番持って帰りたいのが、農業技術指導者ですね」

「私は稲作を広めに行くわけではないのですが……」


 ミリアリアに腰のあたりを叩かれたユウギリが微妙な顔をした。


 リアクターシップの登場に度肝を抜かれたし、これに乗ると聞いて震え上がったりもしたのだが、脳天気なアスカだけでなく理知的なミリアリアも怖がっていないことから、覚悟を決めることにした。

 今後も『希望』と付き合っていくのだから、この程度のことで驚いていたら身が持たない、と。


 ともあれ、ガイリアに持ち帰る荷物の中にはたっぷりと種籾が入っている。

 そしてクランハウスの周囲は何もない草原で水利も良い。充分に水田を作ることができるだろう。


 ユウギリの加入に渋い顔を見せていた娘たちも、ガイリアでもカレーライスが作れる可能性があると知って諸手を挙げての賛成に切り替わった。


「ふむ。今度の娘はランズフェローナデシコなんだね」

「なんです? それ?」


「昔、文献で読んだことがあるんだ。慎ましやかでおとなしいランズフェローの美女のことをナデシコっていうんだそうだよ」

「びっくりするくらいいらない知識ですね。ちょっとその本の著者を連れてきてください。説教してやりますよ」


 くだらない話をしながら、ライオネルを船長室に誘うソンネルだった。荷物の積み込みは船員たちに任せて問題ない、と。


 東大陸に渡ってからの話を聞きたがっているんだなと推測したライオネルは逆らわず、おとなしくついていく。

 また土産物を買い損ねたなと思いながら。


「でも、先に本題を聞かせてくださいね。冒険譚はそのあとで」

「仕方がないね。嫌な話はさっさと済ませよう。ダガンが同盟に加わりたいと言ってきたんだ」


 たいへんに嫌そうな顔で告げる。


 同盟とは、マスル王国、ガイリア王国、ロンデン王国、ピラン城の四ヶ国による国土防衛と経済振興のための同盟のことだ。

 理知的で理性的な協商関係であり、この成立には悪魔たちすら危機感をおぼえて攻撃してきたほどである。


「感情のままにしか行動しないダガンが、なんで加わりたがるのか……」

「僕に訊かれても判らんよ。連中の考えることなんて」


 吐き捨てるように言ったソンネルに、やれやれとライオネルは肩をすくめた。

 せっかく修行が終わっても、のんびりできる時間というのは与えられないらしい。

 面倒ごとばかりだ。


「悪い方に考えても仕方ないか。ここは俺も娘たちにならってポジティブにいこう。帰りの旅費が浮いて助かった、とね」


 内心で呟き窓の外へと視線を投げる。

 あれもこれもと持ち込もうとするアスカとメイシャが、ミリアリアに叱られていた。






第五部 完


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