第160話 死闘開演


 三日かけて進んだ道程を一日半で戻る。

 かなりの強行軍になったが、こればかりは仕方がない。一刻も早く街壁のあるルーベルシーに戻らなくてはどんな作戦も立てようがないのだ。


 途中の村の人々には、まさに着の身着のまま。馬でも徒歩でも、とにかく荷物を軽くして逃げるよう指示を出す。

 家財を荷車に積み込んでいる間にヤマタノオロチがきてしまうかもしれないから。


 まずは命を守ることが最優先。

 それでも、かなりの数の逃げ遅れが出たことは疑いない。

 準備をしていた人間なんかいないのだから。


「ライどの。感謝いたしますぞ」

「申し訳ありません。アサマどの。逃げてくるので精一杯でした」

「なんの。貴殿がいなくては、一人も助からなかったでしょう。謝罪など不要にて」


 戦装束のアサマが笑う。

 やたらと派手派手しい大鎧で、俺たちの感覚だとラメラーアーマーなのかな? 金属片を紡ぎ合わせて作られている。


 アサマだけでなく、俺の剣術師範であるアキヤマも同様の格好だ。

 避難民に先駆けてメグが伝令に走ってくれたため、戦の準備は着々と進んでいる。


 ヤマタノオロチが地上に現れてからまもなく二日。

 巨大な邪竜は、ゆっくりとルーベルシーへと接近中だ。

 早ければ、明後日には全員がその姿を目撃することになるだろう。


「ライどの。さっそく軍議に入らせていただいてもよろしいか?」


 やや申し訳なさそうなアサマに俺は頷いてみせる。

 民衆を避難させながらの強行軍に、正直にいえば疲労困憊だが、まずは情報共有と、道々に考えた作戦の基本骨子を伝えなくてはならない。

 休むのはその後だ。


 娘たちには休むように伝えて、俺はサリエリだけをともなって軍議に臨む。

 元特殊部隊の彼女なら、作戦案に不備があったとしても見つけ出すことができるだろう。





 そして二日後。


 ついにヤマタノオロチが指呼の間にまで接近してきた。村々を破壊し、木々をなぎ倒し、街道そのものを踏み潰しながら。


 迎え撃つため、草原に布陣するのはアサマ以下のサムライと兵士が一千名だ。

 それに巫女のユウギリと、俺たち『希望』の六名が加わっている。


 街門は開けっぱなし。

 ちょっとでも劣勢になったら逃げ帰るためだ。


 街壁に取り付かれるまえに倒すことができれば最高だが、さすがにそう上手くはいかないだろう。


「母さん。正直、どこを撃っても無駄な気がするんですが」


 絶望に満ちたというより、呆れたような声をかけてくるのはミリアリアだ。

 かなりの線で俺も同意見である。


 八つ裂きリングでも落とせなそうなほど首は太いし、アイシクルランスが何十本突き刺さっても、びくともしなさそうな巨大さだもの。

 まったく、大きさというのはそのままで武器である。


 けど、ここでびびるわけにもいかない。

 サムライたちも、もうけっこう呑まれているしね。


「景気づけの一発を頼む」

「わかりました」

「りょ~」


 フェンリルの杖を抱えたミリアリアと、炎剣エフリートを抜いたサリエリが前に出る。

 相対距離は五町(約五百メートル)ほどなのだが、もうすでに目の前にいるかのような圧迫感だ。


「アイシクルランス! スリーウェイ!」

「イフリートカノン~」


 氷の槍と精霊砲が放たれ、ヤマタノオロチの目の前で衝突し大爆発を起こす。

 爆炎のなか、八つの首が巨大な吠え声をあげた。


 フレアチックエクスプロージョン。

『希望』の最大火力だが、使う距離としてはギリギリである。


 本当はもっと引きつけたい。しかし、ヤマタノオロチ自体の体長が一町(約百メートル)以上もあるので、これ以上接近してしまうと大技を使う余地がなくなってしまう。


「敵、怯んだス。ただし損害は不明ス」

「よし。続けて撃て。接近されるまでにできるだけ削るんだ」


 メグの報告に頷きながら、さらに指示を飛ばす。

 目算では、最接近するまであと二発くらいはフレアチックエクスプロージョンをたたき込めるはずだ。


 立て続けに爆音が轟く。

 八つの首のうち二つが吹き飛び、巨大な胴体には、それに似つかわしく巨大な穴が穿たれた。

 のこった六つの首が、怒りの咆吼をはなつ。


 距離は一町をきった。もう大魔法で一方的に打撃を与えるのは難しい。


「弓箭兵。射撃用意。撃て!」


 指揮棒がわりの焔断を振り下ろす。

 渡り鳥が一斉に飛び立つような音を立てて、三百の矢が飛ぶ。


「そのまま斉射! 三連!!」


 迫り来るヤマタノオロチに向け、弓兵三百名による連続射撃だ。鏃にはもちろんたっぷりのクラーレ毒が塗布されている。ヤマタノオロチに対してどこまでの効果が期待できるかは判らないが、とにかく打てる手は全部打つのだ。


 しかし、巨大モンスターの前進はなおも止まらない。

 速度も落ちない。

 距離が二十間(約三十六メートル)ほどに縮まる。


「弓箭兵は後退して外壁の上に登れ! 騎兵隊、歩兵隊、突撃準備!」


 指示する俺の頬を冷たい汗が伝う。


 間近で見ると本気ででかい。そして無数の矢が突き立った巨体は迫力満点だ。

 毒矢が効いているのかどうかも判らない。


 残りの首は六つ。

 高さは外壁の上にまで達しそうだ。

 距離十間(約十八メートル)。


「全軍突撃!」

『応!』


 喊声とともに近接戦闘組が飛び出す。

 騎兵と歩兵では速度に差があるため、まず攻撃範囲に入るのは騎兵部隊だ。


 正面突撃を敢行した二百騎の騎兵たちが左右に分かれ、ヤマタノオロチの横をすれ違いざまに次々に投槍をたたき込む。


 オロチの首が咆吼とともに迫り、二、三人のサムライが頭から食われた。

 だが、騎馬隊は足を止めない。かまわずに駆け抜ける。


 それを追おうとヤマタノオロチの進路が変わる。

 ごくわずかに。

 チャンスだ。


 サリエリとアスカが率いる歩兵部隊は、その隙を逃がしたりしない。五百あまりの刀剣が、一斉にオロチの腹に突き立った。

 吠え声の質が変わる。


 怒りの中に苦悶が混じった。

 効いてる。間違いなくダメージを与えているぞ。


 六対十二の瞳を真っ赤に燃やし、ヤマタノオロチが鎌首をもたげた。

 口に溜まる炎。


 ブレスか。

 ならば。


 俺は乗騎を全力疾走させ、放射状に吐き出された炎の中に飛び込む。

 自殺ではない。手にしている焔断には、その名の通り炎を断ち切る力が宿っているのだ。


 あるいは、この邪竜と戦うためにこそ焔断は存在するのかもしれない。

 ブレスに晒された歩兵部隊を守り切り、なんとなくそんな感慨を抱く。


 しかし、安心は早計に過ぎた。

 オロチのブレスを防いだ焔断が、ぱりんと澄んだ音を立てて砕け散ってしまったのである。


「うそだろ……」


 俺は呆然と柄と鍔だけになったカタナを見つめた。

 もう、次のブレスは防げない。

 

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