閑話 月光
「ネルダンさん!」
呆然と手の中の剣を見つめるライオネルにメグが飛びつき、もろともに地上に落ちる。
次の瞬間、伸びてきたオロチの首が数瞬前までライオネルが乗っていた馬をかみ砕いた。
ほとばしる血が驟雨のように大地を叩く。
「すまん! メグ!」
「謝罪はあとス。逃げるスよ」
本陣へと駆け出す二人。
それを猛然と首が追いかけてくる。
とても人間の脚力では逃げ切れない。
「八つ裂きリング!」
しかし、そこにミリアリアの魔法が割って入り、オロチの首を存分に切り裂いた。
たまらずのけぞったところにアスカが走り込み、裂帛の気合いとともに聖剣オラシオンを振るう。
白く清浄な軌跡を描き、邪竜の首がどうと地面に落ちた。
あまりに鮮やかな武勲に、人間たちが一斉に鬨の声をあげる。
異常なまでに士気が高まってゆく。
「二人とも平気?」
ライオネルとメグを背後にかばい、五つにまで数を減じた八岐大蛇の首を睨み付けるアスカは、まさに闘神という異称に相応しい神々しさであった。
「助かった。アスカ」
礼を述べつつも、軍師の表情は冴えない。
それはもちろんアスカとの戦闘力の差を見せつけられたからではなく、焔断を失ってしまったからだ。
炎を断ち切る魔剣が破壊されてしまった今、もうヤマタノオロチのブレスを防げない。
次にブレスを吐かれたら最悪全滅もあるだろう。
それを防ぐには、炎の吐息がヤマタノオロチの体内に溜まるまでに倒しきるしかない。
ここまで全力で戦い続けて、八つの首のうちの三つを落としただけなのである。
かなり絶望的な状況だ。
「親方。はやく逃げないと。もうみんな、お城に避難してるんだから」
打ち上がった刀身の最終チェックをおこなっている女に、弟子の一人が声をかける。
「冗談じゃない。いまサムライたちは死地にいるんだ。あいつらに武器を供給するのがあたしらの仕事。逃げてそれが全うできるってのかい?」
じろりと睨み付ける。
彼女の名はクンネチュプアイ。ここルーベルシーばかりでなく、ランズフェローで一番だと称えられる刀匠だ。
そしてクンネチュプアイの工房には、出荷を待つばかりの刀剣が幾振りもある。
それらを戦場に届けてやらなくてはならない。
なにしろサムライたちは、ヤマタノオロチなどというバケモノと戦っているのだ。
武器はいくらあっても足りないほどだろう。
「そして、こいつも届けてやらないとな。あの色男に」
見目麗しい女たちを五人も引き連れていた、ライオネルとかいう外国人だ。なぜかお母さんと呼ばれていたが。
つい先ほど打ち上がったばかりのこのカタナは、ライオネルのためだけに造られたワンオフ品である。
「でも親方。そいつにはまだ霊宝処理も魔力付与もしてないんですぜ。
逃げることを諦め、作業場へと戻った弟子が言った。
刀身だけあってもカタナは役に立たない。柄がなくては握ることもできないし、鍔がなくては刀身を滑った敵の剣で自分の手が切れてしまう。
しかも、戦っている相手は伝説の怪物であるヤマタノオロチだ。
最高の玉鋼を鍛えた刃とはいえ、ただのカタナでは硬い鱗にはじかれてしまうだろう。
「霊宝処理は神殿じゃないと無理だが、魔力付与はあたしでもできらぁな」
こう見えてもエルフだからなと付け加えて笑った。
「それじゃ魔力じゃなくて霊力が宿っちまうんじゃねえですかい?」
そして弟子が混ぜ返す。
「うっせ。細けぇことを気にすんじゃないよ」
言って、生まれたばかりのカタナの切っ先で自らの指先を傷つける。
赤いしずくが刀身を伝い、吸い込まれるように消えていった。
「……あんたには、あたしの名をやろう」
語りかけるように呟けば、白とも青ともつかない柔らかな光がカタナに宿る。
「親方、これを」
弟子の一人が桐の木でできた白鞘を差し出した。
本来であれば刀身を保管するための鞘と柄である。
さすがに柄や鍔を作る時間はないし、それは刀匠ではなく装具屋の仕事だから、すぐには用意できない。
いまはとにかく、使える状態のカタナを戦場に届けることが肝要だ。
「いくよ。野郎ども。ありったけの刀を持ちな」
『へい!』
弟子たちが唱和する。
「アイシクルランス。スリーウェイ。ダブル!」
ミリアリアの頭上に、六本の氷の槍が遊弋する。
「トリプル! クァドラブル!!」
そして、さらに六本。
「くたばりなさい。ヘビ野郎!」
フェンリルの杖をかざせば、十二本のアイシクルランスが不規則な軌道を描きながら高速でヤマタノオロチに向かう。
数本は鱗で弾かれたものの、首の一つを氷像へと変えた。
キラキラと輝きながら砕け散る。
残った首は四つ。
半分だ。
狂ったように全身をくねらせ、巨大な尾を振り回す怪物。
巻き込まれたサムライが乗騎ごと吹き飛ばされたり、潰されたりする。
すぐにメイシャが回復魔法を飛ばすものの、助けられる数より死んでいく数の方がずっと多い。
しかし、サムライたちは一片の怖れも見せずにヤマタノオロチに躍りかかる。
なかでもアサマやアキヤマといったマスターサムライたちの活躍はめざましく、刃を足がかりにヤマタノオロチの巨体によじ登り、なんと数人がかりで首の一つを切り落としてしまった。
振り落とされたり、他の首に食われたり、かなりの犠牲を払いながらも。
「あと三つ! 一気に叩くよ! サリー!」
「アスカは元気すぎるのん~」
『希望』のエース級が二人、攻め時とばかりに突っ込んでゆく。
だがそのとき、残された三つの首に炎が溜まり始めた。
ブレスがくる。
そして人間たちには、それを防ぐ手立てがない。
「わたしは右の首を落とす!」
「じゃー うちは左端のを~」
アスカは気合い充分。サリエリもいつも通りのへーっとしているが、大技で一息に決めるつもりだ。
しかしそれで首の一つずつを落としたとしても、なおヤマタノオロチには首が残る。
そこからのブレスは、人間たちを殺し尽くすのに充分な威力があるだろう。
無理な攻勢をやめて、いったん退くべきではないのか。
ライオネルの、軍師としての部分が警鐘を鳴らし続けている。
だが同時に、この好機を逃がしたら二度とチャンスは巡ってこない、という思いもあるのだ。
相手は伝説に描かれるような怪物である。しかも多頭竜。放っておいたらせっかく落とした首だって再生してしまう。
「もう一手。もう一手、攻撃の方法があれば……」
呟いたときである。
「待たせたね! ライオネル!」
街壁の上から声が響き、白鞘に包まれたカタナが投擲された。
それは、魔法のような正確さで、すっぽりとライオネルの手に収まる。
「アイ!?」
「月光。アンタのカタナだよ。ライオネル」
「月光……」
クンネチュプアイの言葉を反芻するように口にし、軍師が鞘を払った。
闇夜を照らす月のような、子供らの眠りを守る母のような、慈愛に満ちた光が溢れる。
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