第159話 邪竜出現
三日ほどかけて村々を巡り、ヤマタノオロチの伝承を集めていく。
災厄の象徴みたいな存在の邪竜だが、驚いたことに信仰の対象になっている村もあった。
「たたり神として祀るというのは、そう珍しい話ではありません」
とは、ユウギリの解説である。
至高神もそうだが、本来、神に願うのを幸福や幸運だ。しかし、たたり神には、どうか祟らないでください出てこないでくださいと祈るのだ。
ランズフェロー独特の考え方らしい。
「本当にそんなことでモンスターがおとなしくなるのでしょうか?」
小首をかしげるのはミリアリアだ。
俺たち中央大陸の人間の感覚では、魔物を神格化するというのはちょっと理解できない。
やつらは倒すべきモノだし、そもそも共存できるならモンスターなんて呼ばれないから。
「思考型封印の一種、と考えて良いと思いますわ。人々の思いそのものをパワーとして封印を強化しているのですわ」
形の良い下顎に右手の人差し指をあて、メイシャが応える。
聖印や札を使った物理的な封印しか俺は知らなかったけど、そういう封印の方法もあるのだそうだ。
「一人一人の力は小さいけれど、みんなで力を合わせたら最強! ってやつだね!」
むっふーっとアスカが鼻息を荒くする。
言ってることはたぶん間違ってないんだ。けど、そういう言い方をするとすごく胡散臭い。
思い、団結、勝利、とか。
どこの団体のキャッチフレーズだよ。
「たとえばわたくしが一人で作る
神学に基づいてメイシャが説明してくれる。食いしん坊プリーストだけど、在野ながらに司教の称号をもらうくらいの俊秀なのだ。神の教えとか神聖術なんかに関してものすごく詳しい。
「が? 保留つきか。なにか弱点でもあるのか?」
「そうですわ。ネルママ。思考型結界にはどうしようもない弱点があるのですわ」
「人々の思いが弱まると、封印の力もまた弱まるということです」
聖女の言葉を巫女が引き継ぐ。
沈痛な顔で。
ヤマタノオロチが封印されて千年以上。それに対する恐怖は、人々の間から忘れられつつある。
事実、立ち寄った村には、そんなのただの伝承にすぎないだろって笑い飛ばす若者も少なくなかったのだ。
「あるいはそれこそが、ヤマタノオロチ復活が早まった原因なのかもな」
と、俺が呟いた瞬間だ。
激しく地面が鳴動する。
しばらく前に体験した地震など比べものにならない。
とても立っていられないほどの揺れが襲う。
勇気のかたまりであるアスカも、いつものへーっとしてるサリエリも、悲鳴を上げてうずくまってしまった。
それほどの恐怖だ。
本能的に身体がこわばってしまうような、そんな感覚である。
俺だって地面に片膝をつき、すがりついてきたメグとミリアリアを抱きしめて安心させてやっているような有様だ。
メイシャとユウギリは互いに支え合い、なにやら聖句を唱えている。
恐怖ではなく緊張に顔を引きつらせて。
やがて、メイシャがビショップスタッフで一点を指す。
「きますわ」
と。
ほぼ同時だった。
大地を割り、巨大なモンスターが姿を現す。
いや、巨大なんて言葉じゃ事実に追いついていないだろう。
かなり距離があるので正確な目算ではないが、まるで山のような巨体は、おそらく魔導汽船よりはるかにでかく、二倍はあるだろう。三百人以上が乗れる船より、である。
そして八本の首は、それぞれがジークフリート号なみの長さと太さだ。
「うそ……だろ……」
俺の頬を汗が伝う。
規格外すぎる。
ヤマタノオロチからみたら、人間なんて豆粒より小さいだろう。
小手先の戦術とか作戦でどうにかなるような相手ではない。
「母さん……」
「ネルダンさん……」
すがりついているミリアリアとメグの震えを感じ取り、俺は内心の怯懦を蹴り飛ばした。
娘たちの前で俺がびびるわけにはいかない。
「一度退くぞ。みんな。道々の村に避難するよう呼びかけながらな」
立ち上がり、二人の頭を撫でてやりながら指示を出す。
現状では勝算の立てようもないが、敵の姿を目視で確認できただけでも重畳だ。
これを元にして作戦を立案する。
勝算だって立ててみせる。
そのためにはまず情報を持ち帰らなくてはいけない。
「ルーベルシーまで撤退だ」
『はい!』
娘たちが唱和し、すたこらさっさと来た道を戻り始める。
「え? え? え?」
引き際の良さに混乱して立ちすくむユウギリの手はメイシャがひいて。
ごくわずかに抵抗したのは、ヤマタノオロチが出現したあたりの村の様子が気になるからだろう。
助けに行かないのか、と。
「いま戦っても勝ち目はありませんわ。そして、わたくしたちが負けてしまえば、それだけ戦える人間が減ってしまいますのよ」
「……はい」
長女役のメイシャに諭され、ユウギリが頷く。
おそらく彼女にも判っていたのだろう。いまは退くしかないことくらいは。
ただ、理屈で判っていても、なかなか感情が納得しない。
「犠牲になった人たちの仇は必ずとりますわ。ネルママが」
「そこで俺に振るんかい。まあ取るけどな。十倍にして返してやるさ」
多少無理をしたものではあったが、俺はにやりと笑って見せた。
それが指揮官の仕事だから。
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