第158話 母さんってそういう人ですよね


 返還した焔断は、一時的に俺が預かることになった。

 ヤマタノオロチと戦うとき、得物がなくては話にならないから。そして中途半端な武器でもやっぱり話にならないからである。


 俺のためのカタナは、いままさにクンネチュプアイの工房で製作中であり、いまだ完成を見ていない。

 もうちょっとで刀身は打ち上がるらしいけどね。


 でも刀身ができたからって完成じゃなくて、鍔を作ったり柄を作ったり鞘を作ったりしないといけないし、霊宝処理や魔力付与なんかにも時間がかかるんだ。


 もしヤマタノオロチが現れるまで間に合わなかったら、この焔断で戦うことになる。

 握りを確かめて腰のベルトに差せば、うん、やはり馴染む。

 こう装備するのが正解だった。


「愛しい女と再会したって感じスね。ネルダンさん」


 そしてすぐにメグがからかってくる。


「蓮っ葉なことを言うんじゃありません」


 ちょすと栗毛をつついてやる。

 まったく、どこでそんな言葉を憶えてくるんだか。


「それではみなさま。よろしくお願いいたします」


 ぺこりとユウギリが頭を下げる。


「うん! わたしとサリーがしっかり守るよ! だから母ちゃんの出番はないね!」


 謎の発言とともに胸を叩いたのはアスカだ。


 ようするに、『希望』にユウギリも合流したのである。

 ヤマタノオロチの伝説を集める旅の仲間として。


 襲ってくるのを、ただぼーっと待っているというのは消極的すぎる。出現地点の予測や迎撃地点の選定、やるべきことはたくさんあるのだ。

 ついでに、ヤマタノオロチに関する伝説をできる限り集めようと思ったのである。


 というのも、俺たちは敵についてなにも知らないから。


 千五百年前に勝利したときだって、どういう方法で勝ったのかすら公式記録には残っていない。

 そこでルーベルシー周辺の村々に残る伝承を聞いてまわることにした。


 正確な記録なんてものは期待していない。でも、何の情報もなくぶっつけ本番よりはずっとましだろう。

 寓話の中に含まれる事実を探り出すのも軍師の仕事だろうからね。


 で、村々をまわるのにユウギリが案内役を買って出てくれたというわけだ。彼女はルーベルシーの住人ではなく州都の人間だから、ここに戦闘部署はない。

 にもかかわらず、巫女というのは権限としてはアサマに次ぐ。


 現場が混乱すること必至なのである。

 ヤマタノオロチ襲来に備えて防御態勢を整えなくてはいけないというこの時期に。

 それを回避するため、彼女はあえて自分が留守にする選択をした。


 なかなかの慧眼であり、出しゃばろうとしない為人が好もしい。

 俺はほぼ二つ返事でユウギリの提案を受け入れ、案内を頼むことにしたのである。


 まあ、チームに女性が加わると娘たちの機嫌が悪くなるんだけど、巫女というのは神職だから、生涯不犯を貫かないといけない。

 還俗でもしないかぎりね。

 ゆえに、娘たちが心配するような事態にはなりようがないのである。


「あの……守っていただくほど弱くはないのですが……」


 弓を携え、矢筒を背負ったユウギリがアスカの言葉に苦笑した。

 彼女の得物はこのランズフェロー弓で、なかなかの腕前なのだというのがアサマからの情報である。


 遠距離支援型の戦闘スタイルは地味にありがたい。

 無理に前に出ようとするタイプだと、なかなかに連携が難しいのだ。


「アスカなりに気を遣っているんですよ。ユウギリどの。うちの娘たちは態度こそあれですが、根が優しいので」

「ネルネルぅ。あれってなに~?」


 微笑む俺の脇腹を、サリエリがうーりうーりとつつき回す。


 やめて。

 そこは弱いんだから。





 黒髪黒瞳の楚々たる美女、というのは、たしかにこれまで会ったことのないタイプだ。

 あまり自分の意見を主張せず、常に一歩さがって相手を立てるってのも珍しいね。

 なにしろ俺の周囲には、グイグイくる女性ばっかりなので。


「母さんはユウギリさんのような女性がタイプなんですか?」


 街道を歩きながらミリアリアが訊ねてくる。

 どういう思考経路をたどって、その結論を導いたんだい? お前さんは。


「黒い髪に黒い瞳ってのはエキゾチックだけどな。好みというより物珍しいというほうが近いかもしれん」


 もちろん悪い意味ではなく。


「外見の話ではなく、性格とか為人の話ですよ。母さんが人を見かけで判断するような人間でないことは知っています」

「そっちはもっと判らん。知り合ってまだ一日も経っていないんだぞ」

「時間なんか関係ないと思いますけどね。恋に落ちるときは一瞬ですよ」

「なんだか吟遊詩人の恋歌みたいだな」


 食い下がるミリアリアに、手を振りながら笑ってみせた。


 俺自身の本心を語れば、言いたいことはちゃんと言ってくれた方がありがたい。何をして欲しいとか、何を買って欲しいとか、そういうのを察するというのがけっこう苦手なのである。


 それでよくルークと喧嘩になったしね。


「ちゃんと言えよ!」

「言わなくても判るだろ! このくらい!」


 ってね。

 だから、なんでもあけすけに喋ってくれる娘たちとのつきあいは、すごく心地良いんだ。


「まあ、母さんってそういう人ですよね」

「そういうってなんだよ?」

「どんな難題でも、どんな難局でも、さらりとクリアしてしまうのに、女心の謎解きだけはさっぱりできないんですから」


 呆れたように笑うミリアリアである。

 不本意だ。

 娘に呆れられちゃったよ。


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