第157話 モンスター退治は得意なんです
一度宿に戻り、身支度を調えてから城に参内するとアキヤマに約し、俺たちは道場を出た。
方便でもなんでもなくて、練習着のまま汗まみれで城に赴くわけにはいかないからね。
ちゃんとした格好をしないと。
俺たちの場合は、シュモク大公国の名誉騎士であることを示すバッジをつけた服を身につけないといけない。
それに、宿に行けば他の娘たちと合流できるかもしれないし。
メイシャとメグ以外。
いやあ、あの二人は間違いなく食べ歩きに出かけているだろうからね。
そんなに無駄遣いばっかりしていたら資金がショートするぞって脅してやったら、辻説法や大道芸で稼ぐから良いって返された。
メイシャは街角で神の教えを説き、メグはナイフ投げとかの妙技を披露して、食べ歩きの資金を稼いでいるらしいよ。
それで良いのか司教さまって感じだ。
ミリアリアとサリエリは、宿でランズフェローの書物を紐解いていることが多い。中央大陸とはほとんど交流のないランズフェローだからね。歴史を知るだけでもけっこう面白い。
ただ、ずっと籠もっているわけじゃなくて、飽きたらふらりと出かけてしまうから、必ず宿にいるとは限らない。
いなかったら、俺とアスカだけで城に行かないと、なんて考えていたんだけど、宿に戻ったら全員集合していた。
そして庭で宴会なんかを開いていやがった。
兜みたいな形の鍋で羊の肉と野菜を焼き、タレにつけて食べるという、ジンギィって料理らしい。
近づいただけで良い匂いが漂ってきたね。
しばらく肉を食っていなかったからなおさらだ。
「おいおい。お前ら。なんで自分たちだけで良いもん食ってんだよ」
「不公平だ! おーぼーだ!」
俺とアスカが詰め寄るが、四人は涼しい顔である。
「アスカは毎日独占していますからね。文句を言う資格があるとでも?」
「うぐ……」
ミリアリアに一瞬で負けてるし。
なんか弱みでも握られてるのか?
まあいいや。
「食ってるところを申し訳ないが、ちゃちゃっと食い終わって身支度を調えてくれ」
サリエリから匙をうけとり、ひょいぱくひょいぱくと肉を食べながら指示を出す。
独特のクセと、そして独特のタレ。
これはずっと食べていたくなるな。
けど、次の予定が決まっているんだ。申し訳ない。
参内の時刻が指定されているわけではないけれど、城主たるアサマをあまり待たせるというわけにもいかないのである。
「ライどの。『希望』は巨大なモンスターと戦ったことがあるだろうか?」
挨拶もそこそこにアサマが切り出す。
こういう訊き方をするということは、モンスター退治でも依頼したいのかな?
「巨大という表現で合っているかどうか判りませんが、ドラゴンゴーレムとシーサーペントとは戦ったことがありますね」
前者はリアクターシップより大きかったし、後者は魔導汽船よりもでかかった。
フロートトレインの一両分もありそうな悪魔をやっつけたこともあるけれど、あれは俺たちではなくてジークフリート号の武勲だろう。
「して、勝敗は?」
ずずいと身を乗り出すアサマ。
俺は柔らかく笑って応えた。
「敗北していたら、いまここに座ってはいませんよ。アサマどの」
「これはしたり」
ぱんと膝を打つ。
それから、フスマの向こう側にいる人物に話しかけた。
「しかと聞いたか? ユウギリどの」
「はい。この耳で、間違いなく」
応えが返ってくる。
いやまあ、べつに気配も隠していなかったし、俺も娘たちも誰かいるのは判っていたのだけれど、女の声だったことに少し驚いた。
フスマを開き、すこし変わった服装の女性が姿をあらわす。
メイシャがまとっているような神官服に近いが、もうちょっと女性であることを強調したようなデザインで、白い上着と緋色のハカマが見事なコントラストだ。
年の頃ならアスカたちと同じくらいかな。
ランズフェローの人たちは幼く見えるから、もしかしたらもう少し上かもしれない。
「ユウギリと申します」
しずしずと頭を下げる。
「かかる国難に際し、悪魔殺しである『希望』の方々が、宝刀の焔断を携えてルーベルシーを訪れた。まさに天の采配なのだろうと考えます。アサマさま」
そしてゆっくりと城主に語りかけた。
「拙者もそう考えておった。ライどの。話を聞いてくださらぬか」
大きく頷き、アサマがまっすぐに俺の目を見る。
そのまなざしは真剣そのものだった。
「ここまできて知らぬ存ぜぬという話にはなりませんよ。アサマどの。俺たちにできることであれば協力します」
「かたじけない」
千五百年ほども昔、ランズフェローは滅亡寸前まで追いつめられたそうである。
ある巨大モンスターの襲来によって。
その名をヤマタノオロチ。八つの頭を持つドラゴンで、大きさは八つの山や谷に渡るほどだという。
「いやいや。さすがにでかすぎないか?」
「伝承ですからな。誇張はあるかと思います」
率直な俺の感想にアサマが苦笑した。
八というのは、とにかく大きいものや多いものを表すときに使われる数字なので、ヤマタノオロチの大きさに関しては必ずしも正確に伝わっているわけではないらしい。
「巨大な多頭竜、という部分は間違いないと思います」
「だな。そしてその強さは、千五百年前の戦士たちの総力を挙げても倒しきれなかったほど、ということだ」
ミリアリアの言葉に頷き、俺はすぐに作戦の立案に入る。
ふと視線を動かすと、なんともいえない不思議な表情をしているユウギリと目が合った。
「どうしました? ユウギリどの」
「……豪胆なのですね。ライどのは。戦って、しかも勝つつもりでおられる」
「外国人だからですよ。俺たちにはヤマタノオロチとやらに対する本能的な恐怖が植え付けられてませんから」
そういって安心させるように笑うと、なんと異国の巫女がぽっと頬を染めてうつむいた。
おお?
こういう反応って初々しい。
「ネルママ。作戦は別室で立てますわよ」
「鼻の下をのばしてるぅ。ネルネルのえっちぃ~」
メイシャとサリエリに両腕を掴まれ、連行されていく俺だった。
ああん。いまちょっとモテそうな気配があったのに。
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