第155話 しばらく滞在するらしい


「ようこそ。なんの用かしら?」

「うちのリーダーのぉ。剣を発注にぃ」


 何事もなかったかのようにエルフ娘とサリエリが会話を始める。

 取り残された五人はポカーンですよ。


 ミリアリアがぐりぐりと指先でせっつくから、俺が代表して質問することにした。


「ええと。いまの寸劇はなんだ?」

「様式美よ。色男さん」


 からからとエルフが笑った。

 妙齢の美女や美少女を五人も引き連れているからね。はたから見たら色男に見えても仕方がない。

 仕方がないんだけど、ちょっと新鮮だ。


 ガイリアシティでは、不思議と誰にも羨まれないんですわ。

 むしろ、ライノスやナザルなんか同情の目で見てくるんだぜ。悲しすぎるでしょ?


「いがみ合うのが様式美なのか……」

「エルフとダークエルフは仲が悪いってことになってるからねぃ」


 出会ったら悪態をつくように、と、教育されて育つんだそうだ。

 一族の掟てきなやつで。


「でも、会ったことも喋ったこともない相手を憎んだりできるわけもないからね」

「教えにしたがってぇ。一言だけはやり合うってだけなのぉ」


 べつに、。やりたくてやっているわけではないから、悪態を応酬しあったらすぐに普通の状態になるらしい。


「定番どころだと、因業不実なダークエルフとか」

「傲岸不遜なエルフ、だねぃ」


 互いに、けっ、て吐き捨てたあと、初めましてなんて握手をする。

 変な風習だ。


「昔々、いろいろあったらしいからね。あらためて、鍛冶屋のクンネチュプアイよ。アイって呼んで」


 エルフが名乗り、やや慌ただしく俺たちも自己紹介をする。

 本当にアイとサリエリにはなんのわだかまりもない感じなのはちょっと不思議だ。最初のけんか腰はなんだったんだって感じだよね。


「これ玉鋼は極上品ね。もちろん鋼の中で最上級のものを玉鋼っていうのだけど、まさに上の上って感じだわ」


 差し出された玉鋼にアイはほうとため息を吐き、頭に巻いていた手ぬぐいを取る。

 さらりと金髪が流れ落ちた。


 クセのないまっすぐな髪は、色こそ違えどサリエリによく似ている。

 じっさい瞳の色や肌の色は異なるが、顔の造形や体つきはけっこう二人は似通っているのだ。

 源流は同じなんだなってのがよく判る。


「ライオネルさんだっけ。あなたのための最高の一振りは約束する。けど、時間はかかるよ」


 アイが提示した製作期間は二ヶ月だった。

 刀そのものは一月もかからずに打ち上がるらしいが、霊宝処理や魔力付与の時間も必要なのだという。


「二ヶ月か。年が明けてしまうな」


 苦笑しつつ俺は頷いた。

 どうせ新作するのなら、最高品質のものをお願いしたいからね。

 ここまできて時間を惜しんでも仕方ないし。





「ただ、アニータが寂しがるかもな。お前たちがいつまでも戻らないと」


 鍛冶屋に玉鋼を預け、俺たちは宿屋に移動していた。

 長期滞在を前提とした宿で、湯治といって毎日温泉に入って心身の傷を癒やすのだそうである。

 食事などはついておらず、基本的に自炊か外食だ。


「そういって追い払おうとしてるでしょ! 母ちゃん!」

「バレたか。俺が修行しているとき、アスカやサリエリも修行してしまったら、いつまでも差が縮まらないからな」

「またそういうお尻の穴の小さいことばっかり言うんだから」


 呆れられちゃった。

 最強の女剣士には、抜き去られた男の気持ちなんか判らないのさ。


「ジェニファさんたちがちょくちょく遊びにきてるんですから、べつに寂しくはないですよ。むしろ散らかす人がいないって喜んでるかも」


 くすくすとミリアリアが笑う。

 喜ぶというのは冗談だだけど、アニータも子供じゃないからね。


 治安的な不安があれば適宜護衛を雇うだろうし、そうする権限が家宰にはある。ただの使用人とは違うのだ。

 むしろアスカたちなんて、アニータにぜんぜん頭が上がらない。

 なにしろ給料の前借りばっかり頼んでるから。


「帰るときには、みんなそろってですわ。ネルママだけ残して帰ったら、むしろわたくしたちがアニータに叱られます。ちゃんと守らないとダメでしょって」

「その認識に異を唱えたい」


 なんでみんな大きく頷くんだよ。


 やめてよ。

 俺がみんなに守られてるみたいにいうのは。さすがにもう俺が守ってる徒まではいわないからさ。せめて互いに背を預け合う仲間くらいにしておいてよ。


 泣いちゃうわよ?


「まあまあネルダンさん。そんな些細なことより風呂にいこうス。温泉たのしみス」

「いいえ。メグ。まずは食事ですわ。ランズフェロー名物の、テプラを食べにいくのです」


 栗毛の斥候が右から、金髪の僧侶が左から腕を引っ張る。

 けっこう本気で。

 痛いから。もげちゃうから。


「かつてランズフェローでは、オーカという代官が子供の手を両側から引っ張るという裁判方法を実践したそうです。以来、オーカ裁きと言われているのだとか」


 ミリアリアが博識っぷりを発揮する。

 えらく斬新な裁判方法だな。

 でも、それでどうやって判定するんだ?

 首をかしげてしまう。


「両側から引っ張ってぇ、千切れたら身の多い方が勝ちとかぁ?」

「なにそれ怖い」


 のへーっとした顔でサリエリが異常なことを言うんだよ。

 野蛮人の国かよ。ここ。


「じゃあ、わたしは母ちゃんの頭を引っ張る!」

「うちはぁ、左足ぃ」

「では私は右足ですね」


 五人がそれぞれ俺の身体一部を掴んだ。


「やめろうっ!」


 お前らさっきまで俺を守るとか言ってなかったか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る