閑話 災厄が目覚める
深い、深い地の底。
冷たく暗いそこに赤い光が灯る。ひとつ、ふたつと。
それはどんどん数を増やし十六となった。
千年の微睡みから目覚め、身体を伸ばしていく。まるで啓蟄の虫のようにゆっくりと、次第に大胆に。
その動きに合わせ、大地が鳴動した。
「いまのが地震か。話には聞いていたけど、いざ遭遇するとびっくりするな」
露天の岩風呂の中で立ち上がったライオネルが、ふうと息を吐いてもう一度身体を湯船に沈める。
いきなりぐらぐらと地面が揺れたのだ。
すわモンスターの襲撃かと身構えたのだが、旅の途中で聞いた話を思い出した。地震というらしい。
ランズフェロー王国という国では、名物といっていいくらい頻繁に起きるのだと。
「いやな名物だな……」
呟いた瞬間、脱衣所の方からぎゃーぎゃーと大声が聞こえ、岩風呂に何者かが飛び込んできた。
「母ちゃん!」
「母さん!」
「ネルママ!」
「ネルダンさん!」
「ネルネルぅ!」
何者というか、アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリの五人である。もちろん全裸で。
『怖かったぁぁぁっ!』
声を揃えて抱きついてくる。
まさに目のやり場に困るという状況だが、温泉のお湯は白く濁っているため、一度身体を沈めてしまえば娘たちの裸身を見ることもない。
密着してくる肌の感触だけを無視すれば良い。
「お前らなぁ……」
そりゃあ地面が揺れたら怖いだろう。
こんなこと、ライオネルを含めて全員が初の経験だ。
だからって男湯に乱入してはいけない。たまたまライオネルひとりしかいなかったから良いものの、他の客がいたらどうなっていたことか。
「むしろ、ここからどうすればいいのか……」
ライオネルと合流して安心し、ようやく冷静さを取り戻したのかミリアリアが困った顔で呟いた。
怖さのあまり全裸で走ってきてしまったが、彼女ら五人の着替えは女湯の脱衣所だ。
そこまでどうやって移動すれば良いのか、という話である。
またすっぽんぽんで走るというのは、いくら何でも恥ずかしい。
ライオネルにならいくらでも見せるし、それ以上先に進んでくれても一向にかまわないという娘たちなのだが、べつに露出狂というわけではないのである。
「メグが姿を消してユカタを取りに行くとか?」
「裸じゃ隠形できないスよ。どうやったって不自然になるス」
アスカの提案にメグが肩をすくめた。
隠形というのは本当に姿が消えているわけではなく、路傍の石のように周囲の人々から意識されなくなるという技術だ。
さすがに、裸の女が立っていたら、気にしない人は少ないだろう。
「うちの魔法はぁ、集中力の問題でむりぃ」
のへのへとサリエリが首を振った。
しかし、集中力が必要な魔法を全裸で行使するのは難しい。
他人からは見えないと判ってはいても、なかなか気持ちの上で納得できないものがあるのだろう。
「どうしましょう。このままだとのぼせてしまいますわ」
上気した顔でメイシャが言った。
意識してしまうと恥ずかしいもので、五人が五人とも首まで湯に浸かっているのである。
そう遠くない未来に限界がきてしまう。
「いや、そんなに悩む話か? 誰か一人が俺のユカタを着て、向こうの脱衣所まで服を取りに行けば良いだけだろ?」
呆れたようにライオネルが言う。
はっとしたように顔を見合わせた五人娘が、数瞬のにらみ合いの後、誰が行くのかを決める手遊びを始めた。
なにしろほんの少し前までライオネルが著ていたユカタである。
簡単に譲れるものではない。
互いに絶対の信頼を寄せている仲間とも。
もちろん、そんな少女たちの思いを知らないライオネルは、そんなに俺のユカタを着るのが嫌なのか、と沈んでいくのだった。
そりゃもう、ずずーんって音がしそうなほどに。
「大殿さま……」
巫女装束をまとった少女が、壮年の男性の前に進み出た。
「あるいは、先刻の地揺れの件か? ユウギリよ」
「はい。天啓がありました。あやつが目覚めた
「そうか……そうでなければ良いと願っていたが……」
大殿と呼ばれた男がため息を吐く。
大名ミフネ。バズン州を治めている男だ。
ライオネルたちの感覚になぞらえれば、領主というよりも小国の王に近いほどの権力を持っている。
バズン州はランズフェロー王国の一部ではあるが、その内部においてはほぼ完全な自治権が認められているためだ。これは他の州にもいえることで、ランズフェローの十二州というのは、それぞれ独立した国家であると考えてもそれほど的外れではない。
「予言の年まで、あと百二十年もありまする。正直に申さば、こちらは何の準備もできておりませぬ」
「早すぎるというわけか」
ミフネが頭を抱える。
一千五百年ほど前、このランズフェローの地を荒らしまわった巨大なドラゴンがいた。
その名を、ヤマタノオロチ。
八つの首を持つ巨大なドラゴンである。
当時、最強のサムライ団と巫女、それにエルフたちが総力を結集して、なんとか地中深くに封印したものの、倒すには至らなかった。
「ユウギリよ。すぐにルーベルシーへ発ってくれるか」
「承知いたしました」
緊張した面持ちで巫女ユウギリが一礼した。
あれが復活したとなれば、封印の地から一番近いルーベルシーが最も危険である。
戦うにせよ逃げるにせよ、現地の代官を務めるサムライのアサマと協議する必要があるのだ。
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