第153話 愛刀との別れ


「俺は盗賊じゃないし、御法に触れることもしていない。そもそもランズフェローを訪れたのも初めてだ」


 そう言って、俺は胸甲のバッジを指し示す。

 えらそうだからあんまりやりたくなかったけど、こちらの名乗りをするしかないだろう。


「シュモク大公国の名誉騎士、ライオネルだ。この国では一国の騎士を盗賊扱いするのが礼儀か」


 言葉遣いも、やや尊大なものに変えた。

 剣や槍を構えた兵士に囲まれて、なお謙った態度を取っていたら舐められるだけだからね。


「き、きいたことないぞ。そんな国」

「中央大陸の小国だからな。だが安心しろ。俺も諸君らの国のことをよく知らない」


 知らないもの同士で無益な争いをするべきではないと笑って、俺は鞘ごと焔断を掲げて見せた。


「これが諸君らの宝だというなら、返還するのに吝かではない。しかし、事情もわからぬまま兵に囲まれては、どんな交渉も始まらぬのではないか?」

「わ、わかった。上のものの判断を仰ぐ。暫し待たれい」


 隊長格っぽい兵士が目配せをすると、兵がすっと包囲を解いて街門を固めるような陣形を取った。


 けっこう練度が高い。

 充分に鍛え上げられている感じである。


 俺たちの方も、アスカとサリエリが剣の柄から手を離した。

 無抵抗で捕縛されるってのは冒険者の流儀ではないからね。降りかかる火の粉は払う。

 まして無実の罪ならなおさらだ。


 誤解をとくにしても斬り破った後の話。

 ひとたび虜囚になってしまったら、こちらの主張など、罪を免れるための方便だと断じられるだけ。


 交渉ってのはイーブンな立場じゃなければ、無理難題をふっかけられるものだからね。


 やがて、立派な身なりの男性が近づいてきた。

 ランズフェローの民族衣装なのかな。なんだか変わった形の服を着て、腰にはカタナを二振り差している。


 むむむ?

 装備の仕方、おかしくないか?

 あれだと刃の方が上を向いている。抜きにくいんじゃない?


「ルーベルシーを預かる、ミフネ家次席家老、アサマ・カネツグである」

「シュモク大公国の名誉騎士、ライオネルだ」


 名乗り合うが、ずいぶんと長い名前だな。

 普通に呼びにくい。


「貴殿の部下より、この焔断が盗品であると伺った。アサマカネツグどの」

「アサマで良いぞ。ライどの」


 愛称で呼び合おうってことか。フランクな御仁だ。


「ではアサマどの。もし貴殿が望むなら、焔断は返還する」

「それは、むろん有り難き申し出」


 頷き、アサマが俺たちを差し招く。

 話の判りそうな相手で良かった。


 負けるつもりはさらさらないけど、大立ち回りなんかしたら、ランズフェローから逃げないといけないからね。





 アサマの居城というのは、さほど大きくはないが美しい城だった。

 壁は白く塗られ、濃紺の屋根とのコントラストも素晴らしい。


 あまり防御力は高くなさそうだけど、そもそもルーベルシーの街には立派な街壁がある。

 あれに寄って戦うのが常道だし、突破される事態になったら詰みだ。

 城だけ守れば良いってもんじゃないからね。


 そして城の中に入るとき、靴を脱ぐってのにびっくりした。

 サリエリから聞いてはいたんだけど本当に脱ぐんだもの。畳とやらのごくわずかな弾力が足に心地良い。


 これ、ガイリアに輸入できないかな。

 素足で歩くって、すごく気持ちいいぞ。


「ことの始まりは、百年ほど前のことなのだ」


 アサマが説明してくれる。

 このあたりで大乱が起き、ルーベルシーの街にもかなりの被害が出た。当時はまだ街壁はなく、数千人が亡くなったという。


 焔断が消えたのもその時期である。

 街に乱入した盗賊が奪い去ったらしい。


「だとしたら、犯人が俺のわけないんじゃないか。まだ生まれてもいないって」


 まだ二十四歳(満二十三)です。

 百年も前の事件に責任なんぞ持てないよ。


「判っておる。だから、すべては部下どもの早とちりなのだ」


 床に座ったアサマが苦笑する。

 あまり椅子に座る習慣はないんだそうだ。

 俺たちも、供されたクッションを使って思い思いにくつろいでいる。


 百年前にルーベルシーから奪われた焔断は、遠く海を渡ってリントライト王国のゴザック将軍のものとなった。

 それまで様々な物語があったのだろう。


 そして、アスカが一騎打ちの末にゴザック将軍を倒し、彼女の手から俺へと渡され、いまに至るのである。

 百年の時を越えて、故郷に戻ってきたというわけだ。


 俺は焔断をアサマの前に置く。


「納めてくれ。アサマどの」

「いいのか? ライどの」

「俺の手に焔断が渡ったのは、あるいは旅を終えるためかもしれない。なんて考えてしまってな」

「そうか。そういうことも、あるかもしれん」


 深く頷いたアサマが焔断を手に取り、「長の旅路、苦労であった」と言った。

 これで愛刀は、正式に俺のものではなくなったのである。

 惜しくないといえば嘘になるけど、これで良かったという思いもたしかに存在するのだ。


「しかしライどの。貴殿は剣の修行をするためにランズフェローを訪れたのだと、部下が申していたが」

「正直なことを言えば、俺は焔断を使いこなせてはいなかったんだ。アサマどの装備の仕方を見てそれを確信した」


 刃の向きを逆に装備するとか、剣士失格である。

 身の丈に合った武器を探すべきだろう。

 やっぱり昔みたいにブロードソードかな。


「いやいや。我が町の宝物を届けてくれた御仁を、まさか手ぶらで帰すわけにはいかんよ。ライどの」


 新しいカタナを用意し、修行についても取り計らおうとアサマが胸を叩いた。

 

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